第3話 黒髪の美少女

「あら加納さん、こんなところで何をしているの?」


 担任である春日由里絵が、そこに立っている黒髪の美少女に話しかけた。


 背中のあたりまで伸ばしたサラサラの黒髪は、余程手入れがされているのか、窓から差し込む日差しに照らされ、艶やかに輝いている。廊下を抜けるそよ風に優しく揺られると、シャンプーの甘い香りがほのかに漂ってきた。


 身体の線を如実に表すこの女学院の制服が、見事に均整のとれた彼女の身体を際だたせる。両手で輪を作ればその中に収まってしまうのではないかと思うほどに締まったウエスト。それとは相反し、目のやり場に困るほどに強調された豊かな膨らみ。ミニのスカートから延びる、真っ白でスラリとした生足。少女マンガに出てくる主人公の様にぱっちりとした瞳は少し潤み、廊下に差し込む日差しによって輝いて見える。どこを見ても欠点が見当たらない。


「先生があまりにも遅いので様子を見に来ました」


 艶やかに煌めく薄めの唇から、可愛らしい声が放たれる。可愛いといっても「てへっ」っとか「きゃっきゃっ」といった感じの幼いものではない。落ち着きはあるが、どこか少女のあどけなさが残るほどの、まあ言うなれば、可愛い女の子がいて、この子、どんな声をしているのだろう? と自分の中で勝手な妄想を広げた後、実際に放たれた声を聞いて、「ああ、やっぱり想像通り」と思えるような、そんな声である。


「そうなの。ごめんなさいね、心配をかけてしまって……あ、紹介するわ。こちら、本日から2-Bに編入することになった『綾辻千尋』さんよ」


 由里絵先生が俺のことを黒髪の美少女に紹介する。少女は俺の目をじっと見つめると、ニコッと天使の、いや天使以上の微笑みを見せた。その笑顔を見た瞬間、胸のあたりがキュンと疼いた。


(何だこの感情は! このフワフワした感覚……)


 未体験の感情に戸惑う。だが決してイヤな感覚ではなかった。


(もしかして、もう女性恐怖症を克服したのか? 俺は千尋(せんじん)の谷を未だかつて人類が経験したことのない期間で駆け上ったのか?)


「私、2-Bで学級委員をしています、加納麻梨亜(かのうまりあ)です。これからよろしくね」


 そう言うと、麻梨亜は右手を差し出してきた。握手を求めているようだ。


(ううっ……ここで拒否ればこの先ずっと気まずくなるよな……でも……でも……いや、大丈夫かもしれない。もしかしたら克服したかもしれないんだ。よ、よしっ)


「こ、こ、こちらこそ、よろしくね」


 自分でも声が震えているのが分かる。俺は震える手で麻梨亜の手に触れた。


(あ、あれ? 大丈夫じゃん! 治ってるじゃん! やったーっ! やったーっ!)


 心の中で歓喜の叫び声を上げる。麻梨亜の手をぎゅっと握ろうとしたが、意識が徐々に遠のいてゆく。力石徹のごとく、そのまま前のめりに倒れ込んでいった。俺は初日から保健室デビューを果たすこととなった。


 どれだけ眠っていたのかそれすらも分からない。近くで何か気配がする。恐る恐る目をうっすらと開いて見た。それと同時に、シュっとカーテンを閉める音がした。目を開けたときには、俺は白いカーテンで周りを囲まれたベッドの上にいた。


(やべえ……俺、また気絶しちゃったんだ。やっぱりそんなすぐに治るはずないんだよな……初日からこれじゃ、先が思いやられるぜ……あ、そうだっ! 俺、教室に行かないと。時間が空けば空くほど、教室に行きづらくなるしな。よしっ)


 ベッドから起きあがろうとしたときだった。突然おでこに痛みが走る。痛みの場所を軽く指で触ってみると、その場所だけが少し膨らんでいた。


(痛てててっ、何だこれ? 何かに頭をぶつけたのか?)


 膨らんでいる部分を軽くなでこすり、状況を把握しようとしていると、カーテンの向こうから、二人の女の子の声がした。


「ねえ、ここでしよう?」


「えっ、でもそこのベッドで誰か寝てるよ」


「大丈夫。今、確かめたけど、彼女、目を覚ます気配がないから。多分、花瓶に頭をぶつけた時に気を失ったのよ。保健の先生と春日先生、それに麻梨亜が、彼女が壊した花瓶の後かたづけをしてるし、今しかチャンスがないんだから」


「で、でも……」


「早くしないと先生が戻って来ちゃうわ。さあ、早く上を脱いで。私に見せてよ」


「で、でも恥ずかしいよ」


「もう! じゃあ私が脱がせてあげる!」


「きゃあっ! そんなに乱暴にされたら破けちゃう」


「ほら、腕を上げて……」


「う、うん……」


「……」


「……」


「わあっ! 美嘉っ、いいっ! すごく綺麗よ」


「そんなに見ないで……恥ずかしい」


「ふふっ、可愛い。こんなに硬いなんて、想像通りだわ」


「やだっ、そんなこと言わないで」


「ねえ、早くしましょ」


「きゃあ、そんな、急に後ろから……いやんっ、真緒の〇っぱいが背中に当たってる」


「やあ~だ~あ、すごく柔らかいじゃない」


「ああん、真緒、後ろからそんなに強くされると私……いやあん、乱暴にしないでぇ」



(えっ! えっ! ええっ! こ、これってまさか……いや、話には聞いたことがある。女子校では結構多いって聞いたよな。でも実際にカーテンの向こうでそんなことが行われているなんて! 硬い? どこが? どこが硬いんだ? 女の子の身体の中で硬くなるところって…マジかよっ!)


 くどいようだが、俺は女性に触れられるのが怖いだけであって、決して女性が嫌いなワケではない。もちろん、一般男子のように、こういうシチュエーションでは、ちゃんとした生理現象を起こすのである。


 俺は息を殺してベッドから降りると、カーテンの隙間からその向こうで繰り広げられている禁断の○○を覗こうとしていた。

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