氷の姫君編

第26話:氷の姫君Ⅰ

 勇者の訓練を始めてから、一ヶ月が経過した。

 いや、正確には「勇者に引きずられるようにして日々の訓練が過酷化していった結果、俺も含めて第三師団全体が謎のスパルタ根性論に染まりつつある」という、ホラーじみた一ヶ月だった。


 誰だよ。あんな健気な子が「強くなります」なんて言っちゃったせいで、師団長がやる気出しちまって、その影響で俺が毎朝プロテインもどきの飲み物に泣いてるんだぞ。本当にプロテインみたいな効果があるせいで、胃が、筋肉になりそうだよ。


 ……で、そんな感じで勇者育成コースを泣きながらこなしてたある日の夜。

 俺はついに、動いた。


 ――推薦者、見つけてやる。


 酒と油断が支配する、王侯貴族と軍人たちの宴席。

 そこに潜む裏切り者を探す、闇夜のカラス。それが俺。

 さながら、今の俺は暗殺者!


 まあ、実際は見つけるだけ……だったんだけど。


「闇討ちしようとした時期が、俺にもありました」


 なんで? なんで今夜に限って、護衛が三割増しになってんの?

 っていうか、誰だよ!?

 俺より先に王族の暗殺を企てたやつ!


 そんなこんなで夜の任務(自称)に失敗し、しょんぼりと宿舎に戻った翌朝――


「アルクス大尉。来てくれ」


 師団長に呼び出された。


 くっ、もう察しが良すぎて逆に怖いんだよあんた……!


 とりあえずついていくと、重苦しい雰囲気の作戦室に通される。机の上には地図や報告書が散らばっていて、空気がもうすでに「やばいことになってる」感を放っていた。


「昨夜、ノイアス帝国の暗部が、王族の暗殺を試みたが、失敗に終わった」


 ……ほらな、やっぱり。


「暗殺は一度失敗しても、二度目が来る可能性が高い。……そこで、お前に護衛任務を任せる」

「無理ですよ。俺には勇者育成という、大事な、大変な任務が――」

「君、リリアに訓練押し付けて、最近は見学しながら日記を書いてるだけだろう?」


 ぎゃふん。


 なぜバレている⁉ あのメモ帳は決して誰にも見せていないはず……!


「サボっていた罰だと思うことだね」

「……その間、リリアの面倒は誰が?」

「私が見るさ」

「そうですか」


 回避できないなら仕方がない。

 すると、そこに扉がノックされる。入ってきたのはリリアだった。


「あっ、すみません。お話し中でしたか?」

「いや、気にしなくていいよ。馬鹿に任務を任せようとしていただけだ」

「え? アルクスさんが、ですか?」

「ああ。リリアも昨夜の暗殺未遂騒動は知っているだろう?」

「はい。勇者誕生を祝う会だったので」


 そう言えば、あの場にリリアの気配があったな。

 まて。なんで教育係の俺が呼ばれてないんだ⁉


「しばらくの間、王族の護衛を増やすと議題であがり、そこで戦闘能力が高いアルクスが候補に挙がった」


 そういう経緯ね。


「あの! それでしたら私も参加、いいでしょうか!」


 ……言ったな、この子。勇者魂が熱血方向に育ってやがる。

 それともあれか、俺と一緒じゃなきゃイヤです! 的な? え、そういうの……嫌いじゃないけど、今その顔で言うな、まっすぐすぎて心臓に刺さるから。


「リリア。王族の護衛というのは、ただ立ってるだけの仕事ではない」

「はい。わかっています」


 キリッとした顔で即答。おい、何この成長速度。第三師団の訓練ってレベル上げ早すぎない? これもう別ゲーじゃん。


 師団長はリリアをじっと見て――おお、珍しく真面目な顔してるぞ。

 これ、あれだ。ちゃんと確認しなきゃいけない系のやつだ。


「……リリア。君は――人を殺す覚悟はある?」


 空気が、変わった。

 冗談でもツッコミでもなく、真っ直ぐぶつけられた問い。


 俺はもう、帝国で皇子をしていた時期に、優秀さをアピールしすぎたせいで暗殺者などに狙われることが多く、何度も殺している。

 というか、そういう殺す訓練もされてきたので、今更忌避感などもない。


 現代人であるにも関わらず、俺も大分この世界に染まったものだ。


 リリアは一瞬だけ目を伏せて、それから、静かに答えた。


「……わかりません。ですが、もし、それが誰かの命を守るためなら、私は――剣を振るいます」


 おい、マジか。

 いや、確かに勇者ってそういう宿命背負わされるポジションだけどさ、そんな簡単に「剣を振る」とか言えちゃうもんなの? ……いや、たぶん、簡単じゃないんだ。

 それでも言ったんだ、この子は。


 ――ほんと、強くなったな。俺が言うのも変な話だけど。


 師団長は「ふむ」と頷いてから、俺の方を見た。


「どうやら、君よりやる気があるようだね?」

「やる気がないのは元からですよ。でも、やる気だけじゃ生き残れないのが現実です」

「だからこそ、護衛任務なのだ」


 ……まあな。最前線の戦争よりはマシ、って言いたいところだけど、王族の周囲ってそれはそれで地雷原みたいなもんだしなぁ。地味に胃に来るタイプのプレッシャーなんだよ、あそこ。


「わかりましたよ。俺も、行きますよ」

「よろしい」


 師団長は満足そうに頷き、そして一言。


「では明日、護衛対象である第一王女のもとへ同行だ」


 ……あれ? 今、なんか聞き逃しちゃいけないワードが。

 第一王女? いちばん上の? トップ・オブ・ロイヤル?


「……第一王女って、あの、誰にも心を開かず【氷の姫君】って噂されてる……」

「そう、システィア・エルヴァーリア第一王女殿下だ」


 ぎゃあああああああああ⁉

 よりにもよって、そこかよ⁉

 なんでピンポイントで、そうくる⁉ 他にもっと、こう、無難な王族いなかった⁉


 ……いや、ちょっと待て。冷静になれ俺。


 システィア・エルヴァーリア――その名、俺はよく知っている。

 というか、忘れようにも忘れられない。

 ゲーム内では、男性主人公を選んだ場合の、ヒロイン枠のひとり。

 プレイヤーからは「シスたん」なんて愛称で呼ばれてキャッキャされてた、あの、麗しの王女様。


 女の子主人公を選択した際、凝った百合ルートが用意されているくらいには、公式からもプレイヤーからも愛されているキャラである。


 だが、今の俺にとっては、正体がバレる可能性があること。


 彼女とは過去に一度、国王と一緒に顔を合わせている。

 あの時の彼女は、表情こそ変えなかったが、何かを理解したように頷いて、ひとこと――「あなたは、自由なのですね」と羨ましそうにしていた。


 しかし、ゲームでは、「あなたは、縛られている。このままでは破滅が待っている」と言って、アークが皇帝の言いなりなのを一目で見抜き、ラスボスとして勇者に討伐されることを予言したのだ。

 それらしい描写は一切なく、初めて顔を見て見抜いた。

 あのシーン、ゲーム内で見たときは「お姫様すげぇ……!」って感動してたけど、いざ現実でそれを体験すると、胃が縮むどころかひっくり返るわけで。


 ……そして今、そこに護衛として同行しろって?

 あの、やたら記憶力のいい姫様のもとへ?


 システィアはめちゃくちゃ記憶力が良いという設定なのだ。まあ、予言みたいなセリフにはとある設定が関連しているのだが。


 何が言いたいのかと言うと、帝国で会った皇子である俺のことを覚えている。


「……あの、それ、護衛って言ってますけど、拷問じゃないですか?」

「何を言っている。誠心誠意、忠義を尽くせば、王女殿下もきっと心を開いてくれる」


 いや、俺、心どころか身元バレてんスけど!?


 リリアがキョトンとした顔でこっちを見ている。

 あ、ダメだ、なんか余計なこと言いそうな顔してる。止めないと。絶対に止めないと。


「アルクスさん、システィア様とお知り合いなんですか?」


 リリアの無邪気な問いかけに、俺の指先がぴくりと動いた。

 けれど、顔には何の動揺も浮かべない。ただ、首をひとつ傾げて、困ったような笑みを返す。


「いや、見たこともないよ。それに貴族の人たちとは会わないからな。俺が合うのは軍人の貴族くらいだよ」


 さらっと流すように言いながら、視線をわずかに逸らす。

 それは意図的というより、反射的だった。あのときの記憶が、蘇ってくる。


 ――全てを見抜くような、氷のような眼差し。静かに頷く彼女。


 それでも、俺は何でもない風を装う。

 「そうなんですね~」とリリアが納得したように頷いたのを見て、肩の力をほんの少しだけ抜いた。


 彼女に知られていない保証なんて、どこにもない。

 それでも――知らないふりをしなきゃ、今はやっていけない。


「それでは、陛下から呼び出しを受けている。行こうか」

「……へ?」


 ちょっと待て。それは聞いてないぞおぉぉぉぉぉお!


 こうして俺は、かつてのヒロインのお傍で護衛することになったのである。


 システィア・エルヴァーリアは、ただの【氷の姫君】じゃない。


 ――あの姫、心を開いた瞬間から、全てにおいて、ほんとにちょっと、かわいすぎるんだよ。




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