第11話:士官学校Ⅵ

 王都の空は、晴れていた。

 冬の名残を残す風が頬を撫で、春の匂いを運んでくる。

 士官学校の正門前、制服の襟を整えながら、俺は校舎を見上げた。

 ここで過ごした三年。短いようで、やっぱり長かった。入学当初は十六歳。今ではもう十九歳。時間が経つのは早いものだ。


「おーい、アルクス! お前だけ感傷に浸ってんじゃねぇ!」


 聞き慣れた声に振り返れば、こちらに歩いて来るライナス。後ろからはミナがいつもの笑顔で追いかけてきていた。


「ライナス、走ると怒られるよ~!」

「うるせぇ、テンション上がってんだよ! ついに卒業だぜ? 三年間、地獄の訓練と試験と実地研修をくぐり抜けて、ようやく自由の身……! これで俺もアルクスの秘書官!」


 まだ諦めてなかったのかよ。


「また三人一緒だといいね! 上官たちの話し声からして確定っぽいけど!」


 ミナの可愛さとその情報収集力には脱帽だ。うん。元気でいいね!


「アルクス、もしかして緊張してるの?」

「いや、むしろ胃が痛い」


 正直に告げれば、ライナスは溜息を吐き、ミナは笑っている。


 そう。胃はずっと痛い。入学初年度から巻き込まれ続けてきた事件の数々は、士官候補生ってレベルを超えていた。


 初年度は第七駐屯地でスパイの摘発。二年目は西方国境地帯で起きた騎馬盗賊団との実戦演習で、なぜか指揮まで任され――その時は、怪我した教官の代わりだったとはいえ、明らかに俺の役目じゃなかったはずだ。


 三年目は……もう思い出したくない。中央の演習地で起きた魔獣暴走事件。演習どころか実戦に近かった。あれがなければ、ここまで評価されることもなかっただろうけど、同時に「目立たず卒業」は完全に夢と消えた。


 でもまあ、なんだかんだで卒業の日を迎えたわけだ。

 こうして、俺たち三人は士官としてのスタートラインに立った。


 王都の士官学校は、帝国直属の軍属教育機関。その中でも俺たちは『実戦適性訓練課程』の修了生で、将来的には師団付きか、特殊任務部隊への配属が約束されている。

 そして今日、卒業証書の授与を終えた俺たちは、それぞれの配属先を知らされることになっていた。


 ……で、問題はそこなんだよな。


 隣の席ではライナスが姿勢よく直立し、前方斜めにはミナがそわそわと落ち着かない様子で何度も髪を整えている。


 全員の前で証書を手渡されるのは、成績上位の数名だけ。俺の名前が呼ばれたとき、会場が一瞬だけざわついた気がしたのは、気のせいじゃなかった。


「アルクス士官候補生。総合首席により、多くの将校からの推薦により、第三師団へ配属。直属部隊所属を命ずる」


 師団長直属、という響きに会場が再びざわつく。ライナスが「うおっ」と小声を漏らし、ミナが驚いたようにこっちを見るのが見えた。

 俺は一礼し、無表情を装って壇上を降りたが、内心では血の気が引いていた。


 俺が、第三師団?


 いや、俺の名前がそこにあがるとは予想していた。……していたけど、希望していない。むしろ全力で避けたかった。というか、希望したのは「後方支援寄りの本部勤務」だったはずだ。


 安全な後方から指示をするだけのポジションが欲しかったのに。


 ライナスが肩を叩いてきたのは、それから間もなく、式典が終了し、皆がホールに出てきて雑談を始めた頃だった。


「おいおい、やっぱお前、やべぇな……直属って。そりゃ首席ではあったけどさ、まさか第三師団とはな! それも師団長直属!」

「……もうやだ」

「そんなこと言うなよ。俺も第三師団の支援戦略部隊なんだ。これでアルクスの近くにいられるな! ま、直属じゃないけどさ! いつでも応援いける距離だろ?」

「うん……うん?」

「やったな! これでまた一歩、秘書官の道が近付いた」


 勢いでハイタッチしてきたライナスの手を、反射的に受け取ってしまった。うん、元気だな、こいつは。てか、秘書官はもう諦めろ。


「アルクス! 私も同じ第三師団だったよ!」


 後ろから元気よく声をかけてきたのはミナだ。相変わらず笑顔全開で、でもちょっと目がキラキラしている。


「私、情報戦部隊! 拠点に常駐だけど、出撃する時は支援もするって! なんか楽しそうでワクワクしてきた!」

「……よかったな」


 何が「よかった」なのか、自分でもよくわからない。ミナの純粋な笑顔を見ると、うん、まあ……頑張るか、という気にはなる。単純だな、俺も。

 この三年でミナも成長はしたが、性格は相変わらず。ずっとそのままでいてくれ。

 

 その後、配属先についての説明資料が個別に手渡された。俺の手元に届いた封筒は、やけに分厚かった。

 中を開くと、最初のページには推薦文が並んでいた。


 ――リゼロット=ヴァルキア少佐。訓練学校、士官学校での成績、功績を踏まえて。特遅筆すべきは、中央演習地にて、魔獣制圧の際の指揮能力を高く評価。将来的に高位指揮官候補として育成希望。


 ――カーティス=ベルンシュタイン大尉。第七駐屯地のスパイ摘発に同行。瞬時の判断と部隊の統率に優れ、強襲・掃討作戦においても高い適応性を示す。


 ――レーン=ガルハート中佐。第七駐屯地でのスパイ摘発に大きく貢献。柔軟な思考力、推察力、危機対応力、精神耐性ともに高水準。本人の自発的選択によらずとも、戦力として有効活用を。


 ――カムラス=ラークハイト准将。上記の推薦内容を踏まえ、第三師団への配属を強く推す。


「……うわぁ」


 思わず封筒を閉じた。そこまで推されてたのか。あの人たち、確かにそれぞれ別の場面で出会ってはいたけど、まさか全員が口を揃えて推してくるとは。


 ……もう、これは逃げられないやつだ。てか、リゼロット教官、広報しすぎだろ!

 俺の知らん将校からも推薦が入ってるじゃねぇか!

 あの銀髪鬼教官め、後で飯を奢らせよう。


「アルクス、どうだった? 推薦状とか入ってた?」


 ミナが首を傾げて聞いてくるので、俺は小さく頷いた。


「ああ、なんか……俺、めっちゃ囲い込まれてたらしい」

「だろうなぁ! だってさ、カムラス准将が推薦してたって話、噂で聞いたもん!」

「なんでお前の方が情報早いんだよ……」

「えへへ、ちょっとね! 最近アルクスがどこに消えてるのか気になって!」


 その言葉に、思わず苦笑が漏れた。ミナは本当に、明るくて人懐っこい。こういう子が同じ部隊にいてくれるのはありがたいけど、逆に言えば「何かあったら一緒に巻き込まれる確率も高い」ってことだ。


「じゃあさ、さっそくだけど、俺たち三人で決起集会やろうぜ!」


 ライナスがぐいっと腕を回してきた。


「飲み食いして、明日からの地獄に備えよう! 配属先、ラティア師団長だろ? ……あの【白銀の戦姫】の異名、伊達じゃねぇぞ?」

「白銀の戦姫?」

「知らねぇのかよ! “白銀の戦姫”、ラティア=ヴァルグレイスだよ! 魔力適性Sの化け物で、公爵家のご令嬢。けど性格はめっちゃ大雑把らしい。超強いし、美人らしいけど、気に入られないとぶっ飛ばされるって噂」

「ぶっ飛ばされるって……」


 軽い気持ちで聞いたのが間違いだった。胃が、またキリキリしてきた。

 俺はリゼロット教官に連れられて、ラティア師団長と一度会っている。

 研修という名目で一度だけ顔を合わせた時の、あの鋭い赤い瞳を思い出す。言葉には出さなかったけど、「隠してるな」って顔で見てきた。


 今の俺の演技力で、果たしてどこまで誤魔化せるか……いや、もう無理か。

 配属通知の最後の行を読んだ。


 ――第三師団・ラティア=ヴァルグレイス師団長直属部隊へ。


 そこには、俺の名前と階級、そして配属日が書かれていた。


 そして、もう時期ゲーム本編が始まる。




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