6話 ミア「職人の世界」
ヨロイさんたちを見送った後、私はマリウスさんのお時間をもう少しだけ頂戴することにした。
「で、なんだミアちゃん。相談したいことってのは」
「はい、実は大祭についてなんですが」
王国大祭、それはどんな身分であろうと関係なく楽しめる祭事。
けれど私は一つ、この大祭に問題があると思っている。
「マリウスさん、職人たち皆さんで、商品を作ってみません?」
「なに?」
彼の眼光が一際鋭くなった。
取引相手としてではない、職人としての目だ。
「ミアちゃん、今まで俺たちゃそれぞれの工房で大祭に参加してきた。そいつぁ知ってるよな?」
「はい、承知の上で提案しています、当たり前の変革を」
けれど私も彼に臆してはいられない。
雇っているヨロイさんとアムのためにも。
そして私自身の目標のために、夢のためにも。
しばらくの間、マリウスさんは私を見定めたあと、豪快な笑い声をあげた。
「ふっ…はっはっはっ!いいねぇ!本気だな。いいぜ、乗ってやる」
「い、いいんですか?仔細も聞かずに……」
「おうともよ、どうせ他の連中にも聞かせなきゃいかねぇだろ?だったら俺もその時に聞くわ」
本当に豪快な人よねこの人…話が早くてありがたいのだけれど。
マリウスさんはどっこいしょとソファから立ち上がった。
「よし、ミアちゃん、善は急げだ。職人連中を集めてくる、先に公会堂に行っといてくんな、場所わかるよな?」
「あ、は、はい。大丈夫です」
「うっしゃー!あ、高弟連中からも一人連れてくか。ルシアンがいいな、そうしよう」
がっはっはっと笑いながら客間から出ていき、おそらくはそのルシアンさんという人の肩を強引に掴んだ。
「ちょっ…なにするんですか!いま仕事中ですよ!?」
「うるせぇ!もっとでけぇ仕事だ!行くぞ!!」
「だからあと少しで仕上げ終わるんですってばぁぁ……!」
悲痛な叫びが遠ざかっていく。
とてもかわいそう。
「あ、お騒がせしました、失礼しますね」
取り残されて工房に居座っても邪魔なだけなので、私もそそくさと外に出ることにした。
工房から出ると、遠くに人だかりが出来ているのが見えた。
そこからうっすらと「グレゴリーさん」と呼ぶ声が聞こえてきた。
(ヨロイさんたちはあそこに居るのね)
有名人であるグレゴリーさんが見つかって、思うように進めてないんでしょうね。
(さて、私も行かないと。公会堂は…ちょうど人混みの反対側ね)
比較的空いている道をすいすいと抜けて、私は職人街の西側にある公会堂にたどり着いた。
私自身、この公会堂の中にある会議室には入ったことはないわ。
そこは主に、この街に住む職人さんたちが一同に介するための場所で、部外者にはあまり縁が無いのよね。
(ただ、ここに貼られている掲示物の情報は馬鹿にならないわ)
例えば、メロディア川から運ばれてくる木材など原材料の量や値段。
各工房がたまに出す求人票に、職人に伝手がない人がこの公会堂に提出した工芸品の依頼書。
あまり情報が漏れない職人街の呼吸を、わずかにでも知れる貴重な場所がこの公会堂なの。
マリウスさんたちがやって来るまでの暇つぶしも兼ねて、そういった情報も仕入れていく。
(あ、工房の徒弟募集ね。どれどれ……)
ざっくり目を通すと、そこは皮革工房で募集対象は見習い格、賃金は……。
(月収は、120
これは、見習い職人としては悪くはない、むしろ最大値と言ってもいいかもしれないわね。
でも私はこの金額を見て、顔をしかめることを自制できなかった。
「低すぎる、わね…」
この金額では、とても一人で暮らしていけない。
だからこそ、ほとんどの見習いは組合の長屋暮らしか、そうでなければ工房に住み込むかしかない。
(けれどその仕組にも問題があるわ)
前者はそもそも入居できる部屋には限りがあって、住みたくても住めない人がたくさん居る。
そしてそこから溢れた人が、住み込みをする訳だけれど……。
(こちらの場合、通常の労働時間に加えて、更に朝晩に工房の雑事をこなさないといけない。そうなると、技術を磨く時間はひどく限られてくるわ)
住み込みから抜け出すには、見習いから先へステップアップするしかないけれど…。
(そのチャンスを掴めるのは、ほんの一握りの人だけ)
職人の世界に限らないけれど、身一つで立身するのは困難を極めるわ。
でもそうしないと、裕福な暮らしはできない。
「だからみんな、必死になって技術を学ぶ、か……」
――よく言われる理屈だわ。
ずっと昔から言い古されてきた言葉で、言う人が言うには、金言というやつね。
(その便利な金言のせいで、みんな思考を止めてしまっているのよ)
工房の問題ではない、これから職人を目指す人のせいでもない。
ただただ「これが当たり前」なのが、問題なんだわ。
(分不相応かもしれない、無謀かもしれない)
けれど。
(誰かが踏み出さなくちゃ、変わらない。そしてそれを他人任せにする気は、ないわ)
大きなお世話だろうと、私は口を出す。
それが私の夢に繋がっているのだから。
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