5話 ヨロイさん「クレセンティア観光ツアー」

 闇取引が成立し、稀代のヴァイオリニストが俺たちの先生になってくれることとなった。


 グレゴリーさんは、ふんと鼻を鳴らし俺達を指差した。


「で、私が教えるのはそこの錆びた奴とちっこいのか、商人はいいんだな?」

「あ、はい。私は他にやらなきゃいけないことがあるので」


 ミアさんも忙しい身だからしょうがない。

 この街は商談の宝庫だろうし。


「では行くぞ貴様ら。時間が惜しい」


 あっもう行く感じ?

 ミアさん大丈夫かな。


「姉さん、兄さんが心配しとるで」

「大丈夫よ、危ないところには行かないから。夜まで別行動にしましょう」


 ミアさんがそう言うなら、過度に心配しても迷惑なだけだな。

 彼女が頑張ってる間、俺もグレゴリーさんからしっかり学ぼう。


「行ってらっしゃい、ヨロイさん、アム」

《行ってきます》

「行って来るでー!」


 工房を出たところで、グレゴリーさんがくるりと俺達に振り返った。


「素人である貴様らに、なにも高度なレッスンを施す気はない。お互いにとって時間の無駄だからな」

《助かります》


 めっちゃ高等な授業されたらどうしようかと思った。


「だから、まずこの街を案内してやる。この街こそが音楽であり、芸術だからな」

「まちが、ゲージツ?」


 言ってることがまるで分からんぞと言いたいばかりに、アムは首を傾げている。

 でも実際どういうことなんだろう、ミアさんは確かに音楽の都と言っていたが。


「百聞は一見に如かず、着いてこい」

「はーい」


 活気あふれる職人街を抜けようとしている間、グレゴリーさんは注目の的だった。


「おお、グレゴリー!大祭の独演、楽しみにしてるぜ!」

「ああ、ありがとう」


「グレゴリーさん!?さ、サインとか…」

「時間がない、またの機会だ」


「職人街に何か用があったのかい?ついでだ、ウチで靴とか仕立てていかねぇか」

「野暮用だ、そして靴は要らん」


 あちらこちらから人がわらわらと寄ってくる。

 グレゴリーさんは煩わしそうにしながらも、意外にも一人ひとりに言葉を返していく。


「ええい、キリがない。人避けの香を付けてきたはずなのに、どうして…」


 グレゴリーさんが俺を睨みつけた。

 彼の視線を正確に追うと、俺の外套を視線が射っているようだ。


「それか…!どういう理屈か知らんが、その外套が散らしたな!?」

《えっそうなんですか》

「見るからに値が付けられんレベルの品だな…ええい、それもこれもマリウスが悪い!」


 どうにもこのエテルナから頂戴した外套が、グレゴリーさんが付けていた人避けの仕掛けを打ち消してしまったようだ。


《ごめんなさい》

「貴様のせいではない。もういい、これも仕事だ」


 ため息を深くつきながらも、こちらには責任を追求しない。

 怒りっぽそうに見えて、無闇に当たり散らさない人なんだな。


 どうにかこうにか人混みを抜け、俺たちはクレセンティアを形作る、最も大きい丘の麓に辿り着いた。


「この街の全てを案内するには時間が足りなすぎる。故に、最も教えるべき場所のみを紹介する、ここだ」


 眼の前にはなだらかな坂が続いていて、裾野にはこの街の人々が暮らす家々が広がっている。


「ここに来たときから見えてた、でっかい建物があるで!」

「うむ、この丘の名はクラウン・ヒル。そしてあれこそが、この都市のランドマーク 王立音楽堂だ」


 まるで城のようなその建物は、威風堂々と君臨していた。

 道中の山腹や、他の丘にもちらほら大きい建物は目に映るが、あれの威容には敵わない。


「行くぞ」

「なんや楽しみやなぁ、兄さん!」

《そうだね》


 頂上目指し、俺たちは坂を登り始めた。


「この丘は最も格式高い場所でな、低地部でも住人の社会階級は高めだ」

「しゃかいかいきゅー?」


 まだ世俗的なことに疎いアムがよくわからないとオウム返しをした。


「分からんか。まあ、金持ちどもが住んでるとでも思っておけ」

「ミアの姉さんよりお金持っとるんか?」

「多分な。お前の主がどの程度の者かは知らんが、総資産で言えば上だろう」

「はー、すっごいなぁ!」


 確かに、どれも立派な御宅だ。

 月収で言えばミアさんも相当稼いでるだろうが。こういった家とかも含めたらまだまだだろう。


 中腹部に差し掛かると、各丘に架かっている橋が見えるようになった。


《あれ、本当に橋だったんですね》

「ん?ああ、確かに初見だと大きすぎるようにみえるかもな」


 職人街でも、邪魔にならない位置に橋桁が建てられていたし、遠目にも丘同士を繋ぐモノは見えていた。

 しかしどうにも、実際に確認するまでこれが橋だという実感は湧かなかった。


「これもまた、この街の芸術よ。街の生産層の邪魔をしないよう、住民や観光客の人流を分離したのだな」

「がんばったんやなぁ、かっこいいなぁ!」


 アムが壮大な人工物にはしゃいでいる。

 その素直な感想に、グレゴリーさんが微かに笑った。


「ふ、そうだな、あれらの橋もこの街の職人たちが作り上げた。謂わば、この街の誇りだな」


 彼はきっと、職人たちを尊敬しているのだろう。

 だからこそ、諸々無茶振りしてくるマリウスさんとも付き合いが続いているんだ。


「さて、まだ頂上はまだ先だ、行くぞ」


 彼の案内に従い、さらに上へ登っていく。

 段々と、家よりも庭園や劇場などが増えてきた。

 そのどれもが、橋と同じように職人たちの技術の粋を以て建設されたんだろうな。


 そして……。


「着いたぞ」

「おおぉぉ…!」

《ここが!》


 ここが、この場所こそが、王立音楽堂なのか。


「美事だろう。大陸を見渡しても、これほど荘厳華麗な音楽堂はなかろうよ」

「グレゴリーの兄ちゃんはここで演奏するんか?」

「うむ、年に数度な」

《すごいですね》


 ふふん、と彼は鼻を鳴らした。

 褒められるのは素直に嬉しいらしい。


「確かにこの音楽堂もすごい。だが、真に素晴らしいのは他にある」


 彼はくるりと振り向いて、街を一望できる場所に立った。


「これが、この街が芸術であり音楽たる所以よ」


 眼下に広がるのは各丘に作られた街並みや、公園、大きな建物、そしてそれらの丘を繋ぐ巨大な橋。

 丘の谷間には川が流れ、道々と交わっている。

 その川沿いに、マリウスさんたち職人が日々技術を磨いている職人街が見える。

 あの場所のどこかに、ミアさんがいるのだろうか。


「耳を済ましてみろ」


 彼の勧めに従ってみると、人々の喧騒や川のせせらぎ、あるいはそこかしこで開かれている演奏会から発せられる音楽が渾然一体となり、完成されたハーモニーを響かせていた。


「どうだ?」


にやり、と彼は笑った。

これこそが、一流の音楽家 グレゴリー・アンブローズが最も自慢したい光景だったんだ。


「なんか…なんか、よくわからんけど」


アムは、そう言って1拍置いたあとに続けた。


「とってもきれい!!」


全く以てそのとおりだ。

俺も同意の首肯を大きく一つついた。


「そうか、そう思うか」


彼は嬉しそうにそう言った。


「よろしい、最低限の美を感じる才能はあるようだ。明日からは、暇な時に音楽を教えてやろう」

「ほんまか!?わーい!」


あ、もしかしてこれ、グレゴリーさんの納得のいく回答してなかったら切り捨てられてたやつ?


まあでも、一流の人から才能あるって言われるのは嬉しいね。

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