第12話 ダイヤモンドダスト
診察室に運ばれてきたのは思わず目を背けてしまうほどひどい外傷を負った男性だった。
トラか……。
大河は患者の傷を直接見ないようにしながら手当の手伝いをした。
といっても高校生の大河に医療行為は出来ないから必要な物を取りにいったり運ぶのを手伝ったりする程度だったが。
トラはネコ(科動物)なので猫パンチをするのだが、小型自動車サイズの巨体から繰り出される一撃の威力は半端ではない。
しかも静止状態で殴ってくるわけではない。
飛び掛かってくるから勢いも付いている。虎の体重と相まって猫パンチの威力は半端ではないのだ。
人間が殴られた場合、直撃を免れれば即死はしないという程度で肉を
頭を殴られたら首から上はなくなる。
粉砕されるという意味ではなく(そうなることもあるが)もげて飛んでいくのである)。
当然、トラに殴られた外傷は目を覆うようなものばかりである。
治療が終わって休憩室に戻ってきた北野は患部の写真に見入っていた。
「これはホントにスミロドンか?」
北野が言った。
「他にいないでしょう」
澪支が言った。
オオカミはパンチをしないから動物に殴られた重傷者ならトラの被害者のはずだ。
猫パンチはよく聞くのに犬パンチは聞かないと思っていたら、犬と猫では身体の構造が違っているから犬(やオオカミ)はパンチが出来ないらしい。
自動車サイズだから飛び掛かられるだけでも文字通り潰れるが……。
夕方――
大河は昴が入口の近くにいるのに気付いた。
またダイヤモンドダストを見ようとしているのだろうか。
日中でも気温は零度を超えるかどうかだから日が沈むと、あっという間に氷点下に下がる。
日没後の、気温がダイヤモンドダストが出来なくなるほど下がってしまう前はチャンスかもしれない。
「昴ちゃん」
大河が声を掛けると昴が振り返った。
「何見てるの? ダイヤモンドダスト?」
「今は夕焼け。ほら」
昴の声に大河はドアの外を覗いた。
その瞬間、街灯が一斉に点灯して空は見えなくなった。
「あ……」
昴が残念そうな表情になる。
「夕焼けもあんまり見る機会がないの。日が沈みきる前に街灯が
昴は星や気象現象というより空に憧れているようだ。
空は昼間しか見えないからなぁ……。
山岳部でも同じだが、西側に陽射しを遮るものがあると影になっている場所は暗くなるのが早い。
おそらく周囲の明るさを検知して自動で街灯が点灯するようになっているのだろう。
だからビルの影など早く暗くなるところは街灯が点くのが早いのだ。
雪に反射して外は
トラやオオカミが襲ってくるから仕方ないのだが。
でも――。
大河はドアの方を振り返った。
なにか引っ掛かる……。
とはいえ、それがなんなのかは良く分からなかった。
「夕食、早く食べちゃおう。そろそろ忙しくなるし」
大河がそう言うと、
「そうだね。最近は病気の人も来るから患者さん増えたもんね」
昴が顔を
そうなのだ。
以前は病気の急患というのは少なかった。
ほとんどがトラやオオカミに襲われてしまった人だったのだが、近頃は夜間も病気の人が運ばれてくるようになったのだ。
誰だか知らないが変なウィルスばら
翌日――
午後、大河達は休憩室にいた。
「先生、よくそう言う画像見ながら食事が出来ますね」
澪支が呆れたように言った。
北野が(トラの)猫パンチの傷跡の写真をじっと見ていたのだ。
最近、北野は暇さえあれば傷の写真を見ている。
何か気になることでもあるのか……?
大河は首を傾げた。
「なぁ……これ、爪の
北野が誰にともなく言った。
「猫の爪は五本でしょう」
澪支が言った。
「前足はな」
北野が答える。
爪が五本あって爪痕が五本なら数はあっている。
「それならおかしくないのでは?」
「猫の親指は少し後ろについてるから猫パンチだと四本のことがほとんどなんだ」
北野の言葉に中田が写真を覗き込んだ。
「……いや、まさか……」
頭を振った中田に、
「どうした?」
北野が訊ねる。
中田はしばらく躊躇っていた。
「……クマの爪痕はこういう風に五本並んでるんだ」
「クマ!? まさか……!?」
「だよな。ヒグマはこんなに大きな手はしてなかったし……」
つまり、今いるスミロドンの前足はヒグマより大きいのか……。
ヒグマでさえ一発殴られるだけで重傷を負うのである。
それよりデカいトラの一撃を浴びたら人間の頭や手足は簡単に砕かれてしまう。
猫パンチなんて可愛い名前なのに恐ろしい凶器だよな……。
その時、またいつもの破裂音が立て続けに外から聞こえてきた。
それから――。
「おい! 来てみろ!」
この病院の医師の一人が飛び込んできた。
その言葉に思わず大河達は医師について部屋を飛び出した。
医師が向かったのは病院脇の駐車場だった。
そこに白い動物が倒れていた。
動物の周りを赤いものが広がっていく。
倒されたばかりで血が暖かいせいで雪が溶けて湯気が立っている。
いや、血との温度差で雪が湯気になるってどんだけ冷えてんだよ……。
普段ならそう突っ込んでいるところだが、今だけは違った。
巨大な白い動物ならダイアウルフのはずだ。
だが、目の前に倒れているのはどう見てもイヌ(科動物)ではない。
「クマ!?」
澪支が声を上げたが北野や中田は冷静だった。
たった今、クマの爪痕の話をしていたのだから当然だ。
クマの爪痕があったのならクマがいるという事だ。
ただ――。
「氷河期の絶滅したクマはなんて名前だったんですか?」
大河の問いに、
「ホラアナグマだ」
北野が即答する。
いたのか……。
自分で聞いといてアレだが、まさかホントに氷河期に絶滅したクマがいたとは思わなかった。
「アナグマってタヌキみたいなヤツじゃ……」
澪支の言葉に
「タヌキはイヌでアナグマはイタチだ」
「そもそもアナグマは絶滅してないぞ」
北野と中田が突っ込む。
「ホラアナグマは別名ドウクツグマとも言ってホッキョクグマよりデカかったクマだ」
北野が説明してくれる。
ホッキョクグマより大きかったという言葉に全員が白いクマに目を向ける。
日本にはホッキョクグマは生息していないから見たことはない(動物園で見たかもしれない)が目の前のクマはトラやオオカミよりも大きい。
前足に目を向けるとほぼ同じ長さの爪が五本――。
「じゃあ、これはホラアナグマってことですか?」
アメリカの企業はクマまで復活させようとしてたのか……?
オオカミにトラにクマ。
捕食動物ばかりで、被捕食動物は復活させてないのは最初から人間を餌として想定していたからなのか……?
「こりゃ、護身用として一般人の銃の携帯許可が下りるかもしれないな」
中田が言った。
大河はその言葉にハッとした。
銃……!?
そうだ、初めてオオカミに襲われたときに何度も聞いた破裂音。
そして、つい今し方も。
あれは銃声だったのだ。
「銃で撃ってたんですか」
「そりゃ、自動小銃じゃないと……」
「自動小銃!? マシンガンってことですか!?」
「う~ん、銃のことはよく分からんが引き金を引くだけで連射できるヤツだ」
北野が答える。
いわゆる
全自動小銃と
「時速六十キロで走ってこられると一発ずつ撃つようなのじゃ間に合わないからな」
「そもそも拳銃の弾じゃ一発や二発当たったところで死なないしな」
「一応、デカい弾を使ってるんだが」
「あまり大きすぎると間違って人に当たったとき、ひとたまりもないからな……あ、ダジャレじゃないぞ」
中田と北野が補足する。
毛皮目的の狩猟ではなく、倒せれば毛皮や肉の状態は問わないというのであれば大きくて体内で破裂するようなのを使えば楽だし、確実性も増す。
だが、街中で使う以上、間違って人間に当たった時のことも考える必要がある。
あまりにも威力がありすぎると間違って当たった人間が粉々になってしまうということらしい。
当然、重傷とかいうレベルではすまない。
そうなんだよな……。
東北や北海道のような、庭や道路が広くて家と家の間隔が
しかも猟銃が自動小銃なのかは知らないが口径はそんなに大きくないはずだ。
それでも住宅地では使わないようにしているくらいなのに、それより威力があるものを人も建物も密集しているところで撃ちまくっているのである。
大河のいた世界では、クマ駆除は色々言っている人がいたらしいが、こちらの世界では一人や二人巻き添えにしてでも確実に殺さないと後々の被害が大きいのだろう。
「一般人の銃の携帯許可が下りるようになったら
北野が溜息を
「さすがにクマまで出てくると
「警護隊?」
大河が首を傾げると、
「ダイアウルフやスミロドンが出た時、銃で撃って倒してる公務員だよ。警察だけじゃ手が足りないから」
澪支が教えてくれた。
自動小銃を使う獣退治専用の職業……。
そうだ……!
ようやく引っ掛かっていたことが分かった――。
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