対談 Ⅰ
「んー。るかちーはあれだ、歌い慣れてない感じ。音程が合ってんのか迷って、結果音がちょっと低くしか上がらないし、ちょっと高いとこで止まっちゃってるんだわ」
それが、流霞の人生初カラオケに対する歌声に対する素直な評価であった。
燃え尽きた表情で氷しか残っていない烏龍茶を啜り、ずぞぞぞ、と音を立てて虚空を見つめながら奏星の評価を聞いていた。
――カラオケ……ハードル高い……。
燃え尽きながら流霞は思う。
まず、選曲。
この時点で自分だけが知っているようなマイナーな曲を選んだら、「え、何この歌? 聞いたことないんだけど。アニメ? ……へー、そうなんだ」と、貶されはしないものの、ちょっと距離のある返事をされるのは、流霞も想像していた。
実際、中学時代に無口な子とちょっとでもコミュニケーションを取ろうとしてきた女子に色々訊かれた際に、距離感を詰めるためかイヤホンを剥ぎ取られ、アニソンを聴いていたのがバレたことがあった。
その時の反応が、まさにそういう感じだったからだ。余計なお世話であったのを流霞は忘れていない。
かと言って有名過ぎる誰でも知っている歌を入れてしまうと、一緒に来ていた相手が実は歌おうとしていた、というような事故が発生することがある。
先に入れてしまったがばかりに、なんとなく気まずくなる可能性は捨てきれない。
ましてや、自分が歌ったのに「やっぱ歌いたいから入れちゃったー」とか言いながら自分より上手く歌われた日には、帰りたさゲージが限界突破するだろう。
その高すぎるハードルと情報戦をどうにか制して、歌ってみる。
蚊の鳴くような声は文明の利器であるマイクに拾われることすらなかった。
結果、一緒に来ている者は善意でマイクの音量をあげるのだ。公開処刑の始まりである。
――――と、勝手なイメージを持っていた流霞であったが、奏星は違った。
流霞のカラオケイメージと言う名の〝実態の伴わない勝手な陽キャ像〟とは違い、流霞に合わせて色々とアドバイスをして、なんとなく「ちょ、ちょっとやってみようかな……!」なんて流霞が思う程度には色々と聞いてくれたのだ。
その結果が冒頭の奏星の感想であった。
「ダイジョブだよ、るかちー。あーしも最初の頃そんな感じだったし」
「え、そうなの?」
「うん。ガチで最初は難しく感じたし。でも何回も行くと慣れるんよね、これが」
「慣れ……」
「そ、慣れ。だからるかちー、ちょいちょい来よーよ、カラオケとかも。あーし、るかちーの声キレイだから、すぐ上手くなると思うし」
「……ふへ……。ふ、不束者ですが……」
「あはっ、なにそれうける。嫁入りかよ」
貶すでもなく、そこで終わるでもなく、上から目線で特訓と言い出すでもなく。
ただただ慣れればいいとだけ言って笑ってくれながらも褒めてくれる奏星の優しさが、コミュ障オタク少女の流霞の胸にじーんと沁み入った。
その時、奏星が自分のスマホの振動に気が付き、チャットを開いて確認する。
どうやら莉緒菜が到着したようで、すでに二人がいる部屋番号を確認しているようであった。
最初から遅れて一人来る旨を店員に伝えており、時間料金は一人ずつの料金なので、到着次第料金がスタートすることなどを伝えている、と奏星は流霞にも伝えつつ、返信。
飲み物のおかわりなども届いたところで、ようやく莉緒菜が部屋に入ってきて、ノックの後に扉を開けて入ってきて――二人を見て何故か口元を押さえた。
「いやー、待たせてごめ――ふぉっ!? な、並んで座ってるとか何これてぇてぇ……! 端末ちゃんと二つあるのに二人で一つ使ってるとか公式が過剰摂取で殺しにくるのは想定外じゃん、オフで……!」
「え?」
「はい?」
「あっ、ちがっ、そのままで! 席はそのままで! 私そっちに座るから、そのままでぇっ!」
何を言っているのかいまいち理解できていない奏星と流霞に、そのまま座ることに関してだけは異様に強く推奨しながら莉緒菜が立ち上がり、いそいそと二人の向かい側に腰を落ち着けた。
相変わらず、インナーカラーは綺麗に明るい、けれど派手過ぎない赤みのあるピンクに染まっている長い髪の莉緒菜は、今日はさすがにゴシックドレスのような服装ではなく、比較的落ち着いた印象の服装ではあるようだ。
ただし、地雷系風味が少々、否、かなり感じ取れる気がしないでもないが。
ハイウエストタイプのふわりと広がるスカートは可愛いと流霞は思う。
ベルトがお腹というかみぞおちぐらいまである、お腹出てるの隠せそう、とか。
可愛さよりもそういう感想を抱く流霞である。
「今日は二人ともありがとうねー。って、あっ、ここワンドリンク制だっけ? 色々頼んじゃうねー。 ここ、お姉さんの奢りだから! じゃんじゃん頼んじゃって!」
「えっ、でもウチらもう一時間ぐらい前から飲み物頼んだりしちゃってるし、払うよ?」
「いーのいーの。ふふふ、私だって二人より先輩だからね! こう見えて結構稼いでいるんだよ! あっ、やっぱ甘い系としょっぱい系はマストでしょ? いいよね? あっ、これオススメね。このジャンボタワーチョコレートパフェ」
「じゃ、じゃんぼたわあ……」
名前からしてデカそうだ、と戦慄する流霞の横で、奏星も端末をいじってサイドメニューを表示させる。
分かりやすくドリンク用のグラスを横に置いたサイズ比較がされているようだが、なるほど、確かにドリンクのグラスよりも圧倒的に大きい。
「うーん……。ね、るかちー。一緒に食べる?」
「えっ、あ、うん……。せっかく薦めてくれてるし……」
「んじゃ食べよ。あーしけっこー食べれそーだし」
「ホントに……?」
「甘いものは別腹っしょ?」
「胸焼けはお腹超えるのでは……?」
「ふはっ、それなー」
「――はい、てぇてぇいただきました!」
「え?」
「ん……?」
「なんでもないっ! あははははっ! いやぁ、暑いね! 夏だね!」
季節はまだ梅雨入りにすら届いていないのだが、何やら暴走気味であるらしい莉緒菜がパタパタと顔を仰いでてきぱきと諸々を注文していく。
ちなみに、奏星は生粋のギャルであり、ネット用語だったりは全く理解が及んでおらず、流霞はアニメオタクではある一方で、配信業界などには全くと言っていい程に触れていない。
そのため、どちらも莉緒菜が何を言っているのかはいまいち理解できていなかったりする。
今時分、ディープなネット界隈でなくとも「てぇてぇ」――つまりは〝尊い〟のスラングなんてものはダンジョン配信界隈でも見かける程度には言葉や風潮が流入されつつあったりするのだが、それはともかく。
ともあれ、お互いに色々と注文を済ませたところで、改めて流霞が口を開いた。
「あのっ! あの時、魔法回復薬、ありがとうございました……!」
「んぇ? あーっ、いいのいいの! 中層になると魔法回復薬ってそれなりに拾えるんだよねー。もちろん、湯水のようにとはいかないけどさ。あの時、きひ子ちゃん血ぃどばどばだったじゃん? さすがにあんな状態だと心配だったし!」
「え、あ、じゃあ! こ、今度返します!」
「あはは、じゃー気長に待たせてもらおうかな」
最初に出会った時は、どこかミステリアスな空気を放っていたものだが、今となってはそういう空気は一切感じられず、それなりに明るいお姉さん、という印象の莉緒菜。
しかしそんな彼女と流霞のやり取りを、奏星が何かを確認するようにじっと見つめていた。
その視線に気が付いて、莉緒菜の顔が引き攣った。
「えっ、と……、カナっち……?」
「あー、ごめ。どうしても気になってるから、先に聞かせてもらってもいい?」
「うん? 何かな?」
「――『
奏星の言葉を聞いて、今更ながらに流霞も思い出す。
確かにあの時、〝天秤トラップ〟を攻略したばかりの流霞と奏星の前に現れた莉緒菜は、そんな単語を口にしていた。
「あの時、りおなんはウチらのことをそういう風に呼んだよね? でさ、あーしもアルカナって何って思って、ちょい調べてみたんだけど、これのこと?」
そう言いながら奏星がスマホをテーブルの上に置き、表示したのは、流霞も何かの漫画かアニメかで見たことのあるような、数枚のカード。いわゆる、タロット占いで使われるようなカードだ。
さらに表示されていたのは、その中と太陽と月のカードであった。
「確かに、タロット占いで使われるカードには小アルカナと大アルカナとか色々あって、そん中にウチらの太陽と月、それにりおなんの言う悪魔もあったんよね。りおなん、それってもしかして、ダンジョン因子の中の知られていない情報なんじゃ――」
「――ふふ」
問い詰めるように訊ねていく奏星の言葉が、莉緒菜の不敵な笑みから零れた声に遮られた。
莉緒菜は俯くように静かに肩を揺らし、くつくつと込み上がるような笑いを噛み殺しているような姿から、ゆっくりと顔をあげる。
そうして長い髪を額から掻きあげるようにしてから、流れるように――頭を下げた。
「――それ、私が勝手に言ってるだけのアレな感じだからツッコミはちょっと勘弁してほしいなって……!」
「は?」
「へ?」
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