友達付き合い
通常、ダンジョンは入場に人数制限などがある訳ではないが、基本的に集団戦には向いていない。
それは偏に、通路の狭さや連携の限界だと言われているが、何もそれだけではない。
ダンジョンが出現した当初、この異常な空間には各国が軍や警察などの組織を投入した。
しかし、発見時は比較的落ち着いていたはずの空間が、組織の人間が大人数で一斉に集まってくると、魔物が強化され、大量に増えて襲撃してくるようになったのだ。
結果は凄惨なものだった。
魔物たちには魔力による不可視の障壁のようなものが張られているため、銃なども一切効かない。強化された魔物の膂力はレベルの上がっていない人間など容易く弾き飛ばし、引き千切り、噛み砕く。結果として、集団は蹂躙された。
そうした傾向は世界各国で見られ、この特性を調べるべく、多くの者が命を懸けて実験に参加し、二桁に届かない人数であればそうしたルールの適応外になるのだと判明した。
そうしてレベルアップシステムが明るみに出てくるようになり、今度は新たな問題が発生した。レベルが上がり、魔物も強くなるにつれて、人数が多いパーティほど致死率が高まったのだ。
味方同士の意思疎通が取れていない事故、誰か一人の瓦解による集団の崩壊、狭い空間であったが故に攻撃を避けた結果、その攻撃が後ろの者に当たってしまうなどが発生したのだ。
そのため、今では一般的な探索者は4~6人程度で組むことが増え、この集団を『探索者パーティ』と呼ぶようになったのだ。
そうして所属しているメンバーの平均レベルを指したのが、いわゆる『パーティレベル』と言われるものであり、探索者パーティの実力の指標として浸透している。
レベル1パーティは、最上層から上層の低階層。
レベル2パーティは、上層の突破には至らない程度。
レベル3パーティは、上層フロアボスを突破し、中層の低階層を多少は回れる程度。
レベル4パーティは、中層のおおよそ半分にいけるかどうか。
そして、レベル5パーティは中層の最奥部に辿り着けるが、中層のフロアボスを突破できていない。
レベル6パーティは未だ世界に存在していない、というのが実状である。
――――さて、そんな中、今日流霞と奏星が会う約束をしている相手は、〝魔女の饗宴〟。
デビューからたった2年でレベル4パーティにまで至った、新進気鋭の女性パーティとして一時は世間を賑わせた。
しかし、その癖の強さから配信ではいまいち人気が出ずに人気は失速。
どちらかと言えば一般人よりも探索者の中では有名というような評価に落ち着いたパーティのリーダー、レベル3探索者、
会って話をしたいと言われて指定されたのは、駅近くのカラオケボックス。
曰く、他人の目があるところで会うのは避けたいとのことである。
奏星からそんな情報を聞かされ、流霞は自宅から一人、駅に向かって歩いていた。
幸いにして駅までは徒歩で20分程度で着ける。
レベル1であった頃ならば多少は疲れたかもしれないが、レベル2になって身体能力はすでに一般人のそれを大きく超えている。
――私、今なら凄い勢いで町中を駆け抜けたりできるのでは?
そんなことを思いつく流霞だが、結論から言ってしまえば可能ではあるが迷惑なだけであることに気が付き、それはしない。なんなら無駄に目立ってしまいそうだし、群衆の中に紛れたい系女子の流霞にはそんな真似はできるはずもない。
ともあれ、そんな流霞はここ最近、徐々にダンジョンに対する考え方が変わってきていることに、自分でも気が付いていた。
――最初は、推し活費用稼ぎできればそれで良かったんだけど……。
改めて思う。
物心ついた時には孤児。
周りの幸せそうな家族が一時は羨ましくもあって、自分は異物なんだと幼くして考えるようになった。
そうしてなんとなく現実に閉塞感を覚えて、そういうものから離れられるアニメや漫画という、この世界に生まれたコンテンツをだらだらと消化するだけの日々。
現実を忘れて過ぎていく時間、現実とは全く異なる世界にのめり込んで、好きが高じて推し活にもハマり始めた。
何かに貢献できればと考えて、けれど自分には何もなくて。
だから、せめてグッズを買って満足感を得ると一緒に応援しているという気持ちになれて、自分が何者かになれた、そんな気がした。
そうやって過ごしていた自分が、ダンジョンに入って魔物と戦うことで興奮するようになり、夢中になっていった。
浅い考えだった。
なんとなく小遣い稼ぎができればいいと、そんな気持ちでダンジョンに潜っていたはずなのに、気が付けば強い相手と戦いたい、強くなりたいという気持ちが強くなっていて、そうして奏星の窮地を救うことになった。
そうして今、自分とは真逆なスクールカーストトップ勢とも言える奏星と〝
――変わった、かも。私。
もちろん、今でもアニメや漫画は要チェックしている。
好きなものは好きだし、最新刊は何がなんでも買うつもりだし、言葉の使い方は違うが推して参る所存だ。
ただ、今はそれが全てではなくて、それが趣味と言えるようになってきた。
それだけしかないのではなくて、それはそれとして好きなものである、と。
そんな変化も生まれてしまったが、流霞にとってそれは決して居心地の悪いものなどではなく、毎日が凄く楽しいと感じるようになっていた。
――へ、へへ……。そろそろ友達って言っても、いい、よね……。
町中を歩きながら唐突ににへらと笑い始める少女から、そんな風に認定されるのは遠慮願いたいところではあるかもしれないが。
それはそれとして、人生で初めての友達なのではと流霞は感じている。
――だって今日、私、人生で初めてのカラオケボックスだし……!
なお、そもそもそれは莉緒菜からの指定であり、カラオケで遊ぼうという話ではないのだが、「カラオケに行く」というイベントに不慣れ過ぎる流霞は見事にそれを混同していた。
ともあれ、そんなオタク少女は相変わらず視線を下げ気味に町中を歩き、そうして約束の一時間以上前に駅前に到着した。
遅れるよりも圧倒的に待ちたい派、徹底的に負い目を作りたくない、責められるのが怖い臆病派とも言う派閥に所属する流霞は、こういう時の行動は5分前行動どころの話ではない。
部室や研究所に行く時も、だいたい30分前にはその場所に着いていて、ふらふらと時間を潰すのが常だ。
さて、どこかのアニメグッズショップか何かで少し時間を潰すか、それとも、喫茶店か何かで待つというJKらしさを意識した行動に出るかを天秤にかけていた、その時だった。
「――おーい、るかちー」
「っ!? な、なんでこんな早く……!?」
「いや、お互い様じゃん? ちょい寄り道してたんだけど、予定より早く終わってさー。どーすんべってなってたらるかちー来たからさ」
――まだ心の準備ができてないのにぃぃ……っ!?
友達と呼んでもいいかもしれないなどと思っていたのは誰だったのか。
相手と会うのに心の準備が必要な流霞には、まさかこのタイミングで奏星が登場するとは微塵も思っていなかったのだ。友達と呼べる日はまだまだ遠いようである。
流霞の心情は焦燥に駆られていた。
これから目的の時間までは一時間弱、そんな時間、二人きりで何をしろと言うのか、と。
ダンジョンに行くなら「んじゃいこっか」で済む話ではあるが、ここは町中だ。緊張を誤魔化しがてらロッドを振るえる相手もいない。いたら大惨事だが。
しかし一方で、奏星は当たり前のように流霞の近くで足を止め、ARグラスに表示したチャットアプリを通して今日の待ち合わせ相手である莉緒菜に連絡していた。
「――んー、りおなんも早めに着くっぽいから、先カラオケ行こー」
「え゛」
「どーせカラオケボックスなんだし、歌ってりゃすぐっしょ」
「い゛」
「さっきからすげーダミ声じゃん。ほら、いこーぜー」
「お゛……っ?」
「うける」
声なき声が漏れ出ている流霞であったが、すでに奏星の中での行動方針はすっかり定まってしまったようで、出荷される家畜よろしく流霞は奏星に引っ張られ、カラオケボックスの中へとついに足を踏み入れたのであった。
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