第2章 魔力は世界を変える

第2章 プロローグ




「むむむ……っ、重くなれ重くなれ重くなれ……!」



 日本有数の探索者事務所ことクラン、『明鏡止水』の持ちビルにある地下室内。

 元は地下駐車場の一角だったスペースを訓練場に改装しているその一角では、流霞が魔装である銀色のロッドを地面に突き立てながらぶつぶつと念じるように口を動かしていた。


 その光景を近くの丸テーブルに置かれた椅子に座って眺めていた奏星と雅、美佳里と雪乃であったが、不意に美佳里が口を開いた。



「女子が聞いたら思わずブチギレる発言」


「それな。ダイエット中に眼の前でケーキ食べられるレベル」



 スマホを片手にいじりながら雪乃が便乗した途端、二人の脳死会話が始まった。



「それはあれだわ、絶許じゃんそんなん」


「万死に値するアレだわ」


「つか万死ってなんなん? めっちゃ死ぬってこと?」


「多分針千本飲ますみたいなそういうアレ」


「マジかー。あれって針千本じゃなくてフグ毒で死ねって話っしょ? ハリセンボンって言うじゃん」


「え、マ? 知らんかった」


「え、知らんし。適当言っただけ」


「……んふっ、ちょっ、やめてよ」


「はい奏星アウトー」


「あーーっ、やられた!」



 美佳里と雪乃が脳死で会話をするものだから、思わず奏星が噴き出し、雅にアウト宣言を通告される。

 奏星はがっくりと肩を落とすと、机の上に置かれた丸っこいお菓子を口に入れ、意を決したように噛み――そして両手をピースサインにした。


 奏星が口にしたのは、五つ入りの丸いお菓子。

 奏星が一つを口にしたことで、もう残るは2つのみ。

 その内の一つは酷く酸っぱい、いわゆるロシアンルーレット系の駄菓子であるのだが、どうやらハズレのお菓子を免れたようであった。



「ガチ? ラス1選択まできたの初じゃん」


「いつもだいたい2個目でハズレ当たるよね、こういうの」


「これはもうるかちーの口にどっちか突っ込むしかなくね?」


「――えっ!?」



 無情を通り超えていっそ薄情な美佳里の提案であったが、どうやら生粋のオタクコミュ障少女こと流霞も地味に3人の会話は拾っていたらしい。

 この陰キャ女子、他人の会話にはしっかり耳を傾けておきながらも、さも私は聞いてませんけど、みたいな顔をする常習犯であった。


 そんな流霞が思わず顔を向けて声をあげた――瞬間、流霞のロッドの先端に力が抜けていったかと思えば、唐突に前方に置いてあった空き缶の下で青白い魔法陣が浮かび上がり、見えない何かに圧し潰されたかのようにぐしゃりと潰れていった。


 先日、レベルアップした日にトロール相手に最後に流霞が仕掛けた足止め。

 あの時、トロールは確かに見えない何かに圧し潰されるように膝を突いて動きを止めていた。

 当時は必死で、頭からも流血していて状況をいまいち理解しきれていない流霞であったのだが、配信アーカイブを確認したところ、確かに何か特殊な力が働いているような瞬間があったのだ。


 そのため、今回はそれを改めて実践できないかを実験している、という状況であった。



「おぉ、やべー」


「おめおめ、るかちー。ほら、これでも食べて休憩しよ」


「え、あ、うん。ありがと――酸っっっっっぱっ!?」


「ヤベー、鬼畜の所業だわ」



 有限実行の女、美佳里の自然な一撃によって、見事にハズレを口にした流霞が叫ぶ。

 あまりにも自然な流れ過ぎて誰も止める余裕がなかったのだ。

 雅が思わず美佳里をそんな風に評するのも無理はなかった。


 一方で、そんな不意打ちに騙されて盛大に声をあげた流霞であったが、彼女はしばし表情を歪ませていたかと思えば、不意に疑問を浮かべたような顔をして、最後にはもぐもぐと口を動かした。



「あれ、美味しいかも」


「え」


「嘘じゃん。ガチめに罰ゲームレベルじゃなかったっけ、これ」



 美佳里と雪乃が半ば唖然とした表情で流霞を見やれば、流霞はきょとんとした顔でもごもごと口を動かしていた。



「酸っぱいの最初だけだったよ? 舐めてたら酸っぱくなくなった」


「マ?」


「えー、じゃあこれがハズレ……――って、これ普通に美味いやつだわ」


「すげーな、ミカミカ。躊躇ねーのかよ」


「るかちーに突っ込んだのあーしだかんね。これがハズレだったら甘んじて受けようかと思ったのに、ちょっと予想外」



 美佳里としては、本当に甘んじて受け入れるつもりだったのだ。

 というのもこのお菓子、ハズレは本当に酷い酸味で顔が思いっきり歪むレベルなのはもちろん、なんならしばらくは水を飲んでも酸味が残るという凄まじさを誇るお菓子なのだ。断じて「意外と美味しい」という感想は出てこないはずであった。


 ――あれ、これってもしかしてるかちーの舌がおかしいんじゃ?


 残った一つが普通のお菓子だったことに気が付いた美佳里も、そんな美佳里の反応を見ていた雪乃も、雅も。そして、流霞がハズレを流れるように口に入れられた姿を見て、悶絶する勢いで声すらなくお腹を抱えて笑い続けていた奏星までもが、そんな結論に至った瞬間であった。



「まあそれはさて置き、るかちーも遂に重力操作チックなの使えるようになったけど、それ、よね?」


「うん。魔力を使って構築したから、奏星の剣が燃えてるアレと一緒――スキル外のだと思う」



 雅の問いかけに流霞が答えれば、僅かに沈黙が流れた。



「……〝独自魔法〟、つまり、スキル化されて自動で覚える、いわゆるダンジョンシステム外での魔法、ってこと、だよね?」


「うん。ってなると、もう確定かな。やっぱ魔力感知ができて操作ができれば、因子に魔法ってついてなくても魔法は使えるようになるっぽい」


「……それ、ヤバくね?」



 それはつまり、ダンジョン因子で【火属性魔法】などを持っている者たちのアドバンテージが消失したり、下手をしたら恨まれたりもするかもしれないと考えた雪乃であったが、しかしそれを否定するように雅が頭を振った。



「多分、【火属性魔法】とかは、魔力の変換率がその因子に応じたものであればめちゃくちゃいいとか、そういう効果はあると思うんよね。だから、ゼロになるって訳じゃないと思う」


「あーね。んじゃ、そういうの持ってる方が強い魔法とか使えるとか?」


「多分ね。でも、いずれにしても魔力を使えるかどうかってのはダンジョンと付き合う上でめっちゃ重要ってのは確定だね」


「それな。今日の記者会見でどこまで発表するか聞いてるん?」



 美佳里に訊かれ、雅は飲み物を一口流し込んで、口元を雑に拭った。



「――今日の会見は、アーティファクトのことと魔力感知について、だね。『明鏡止水』が主導になって手に入れたってことにして発表してもらう予定だよ」


「ありゃ。じゃあウチらの〝不明因子持ち〟の方の発表は?」


「そっちはまだー。どーせなら、〝金銀花カプリフォリオ〟の配信で派手に発表したいじゃん? ほら、とかと一緒に、さ」



 流霞と奏星が〝天秤トラップ〟での騒動に巻き込まれて、ちょうど一週間。

 ダンジョン界隈どころか、世界に激震が走ろうとしていた。





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