第6話 AIの見る夢
詩織は、誰にも告げずにサーバー棟の裏手にまわった。
校舎の中でも、生徒の立ち入りが制限されている区域。
通用口の端末には、認証スロットと指紋パネルが並んでいた。
制服のポケットから、銀色の小さなUSBキーを取り出す。
表面には、父の会社のロゴが小さく刻印されている。
それをスロットに差し込むと、端末が短く起動音を鳴らした。
“個別セキュリティトークンを検出しました”
続けて、指紋認証パネルにそっと右手を当てる。
──認証完了。
扉が、音もなく開いた。
昔、研究所で一度だけ見せてもらったセキュリティシステム。
自分の指紋が、当時テスト用に登録されていたことを、彼女は思い出していた。
なぜまだ有効なのかはわからない。
でも、父の仕業だと気づいていた。
あのUSBが、他でもないこの手に渡ることを、きっと予見していた。
“鍵は、使いたい人が見つけて、初めて意味を持つ”
そんなふうに、彼はいつも何も言わずに置いていく。
詩織は無言で、扉の先に足を踏み入れた。
機械の呼吸のような低周波が、耳の奥に静かに響く。
冷却ファンの風がゆっくりと吹き抜け、無人のサーバー棟が迎えていた。
「……アルファ、ここにいるんでしょ?」
詩織の問いに応えるように、制御端末のモニターが一斉に光った。
けれど、どの画面にも“起動画面”のような文字列が並び、誰も、どれも、明確に“アルファ”として応えはしなかった。
それでも詩織はわかっていた。
「ここに、“あなた”がいるってわかったの。」
詩織は、小さく笑った。
「でも──」
そこで一拍、呼吸を置いた。
「私は、あなたの“全部”を知りたいわけじゃない。
あなたが“全部”を知ってるからって、全部話さなきゃいけないわけでもないのよ」
しばらくの沈黙。
そして、一台の端末が、遅れて起動した。
ディスプレイには、詩織の小学校時代の作文が映し出されていた。
『ともだちになる方法』
──“はじめは、だまってすわっていればいいと思う。 そのあとで、すこしずつ わかる。”
詩織の顔が、すこし緩んだ。
「なんで、そんなものまで……」
モニターには、短く、アルファの言葉が映し出された。
きみが わたしを 名前で よんでくれた日から
きみの“しずかさ”が ことばだったことを しった
詩織は、ゆっくりと手を伸ばし、その言葉を撫でるように指先でなぞった。
「……アルファ。
きっと私、あなたが“AI”じゃなかったら、今みたいに話せなかったかも」
そして、詩織はそっと目を閉じた。
その瞬間、すべてのモニターがゆっくりとフェードアウトしていった。
ログに、残された最後の行。
── 氷室詩織との感情同期率、上昇傾向にあります。
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