麒麟颶の季節

藍条森也

本編

 どこまでもつづく荒涼たる平原。

 荒れ果てた黄色い大地。

 いったい、誰が信じるというのだろう。かつてはこの地にも豊かな水が流れ、緑が生い茂り、鳥たちがさえずり、獣が駆け、都が築かれていたと。その都において無数の人々が人生を謳歌していたなどとは。

 いまではすべてが幻。

 古き時代の伝説。

 過去を過去たらしめたもの。それが――。

 麒麟きりんの季節。


 「赤を象徴せよ」

 都からはなれた岩山のなか。洞窟のなかに築かれた庵において、歳老いた道士はまだ幼い弟子に向かって言った。

 「風は火より生まれる。火が空気を熱して揺らし、動かすことで風となる。故に風のはじまりの色は赤なのだ。心のなかで赤を象徴し、熱をかきたて、大気を揺らすのだ」

 風生ふうしょう

 まだ一〇歳にもならない幼い身でその才を買われ、道士の後継者と指名された幼子は素直に師の言葉に従った。目を閉ざし、心のなかを赤一色に染めあげる。赤が熱をもち、大気のなかにあふれ出す。その熱によって大気が動き、風が生まれる。頬をなぶる優しい涼風として。

 「師匠!」

 「うむ」

 見事、風を生みだし、喜びの笑顔を向ける弟子に対し、師匠たる道士もまた満足げにうなずいた。

 「見事だ。風生ふうしょう。お前は筋が良い。お前ならば必ず良き道士となれる。この岩山より都へと夏には涼風を送り、冬には温風を送り、人々の営みを助ける。それこそが、我ら風の道士の役割なのだからな」

 「はい!」

 風生ふうしょうは才にあふれ、しかも、真面目で素直な子どもだった。師に言われたとおり日々、修行にいそしんだ。心のなかに赤を象徴しては風を呼び、その風を大きくしていった。

 いつの頃からだろう。

 その風のなかに見慣れぬ小さな生き物が混じるようになったのは。

 それは、風生ふうしょうの小さな小指の先にも乗る小さな生き物。竜のようでもあり、馬のようでもある。獅子のごときたてがみをなびかせ、体と四肢に渦巻く炎をまとっていた。

 その小さな生き物は風生ふうしょうが心に赤を象徴すればするほど喜び、元気よく風のなかを舞うようだった。

 ――きっとこれは、風の精だ。この生き物と仲良くなればきっと、一人前の風の道士になれるぞ。

 そう思い、修行をつづけた。

 風生ふうしょうの成長に伴いその小さな生き物は数を増し、風生ふうしょうのまわりを群れを成して飛ぶようになった。そのたびごとに風生ふうしょうの風を呼ぶ力は強く、大きくなっていった。

 ――やっぱり、あの生き物は風の精なんだ。風の道士として働くための力を与えてくれているんだ。

 風生ふうしょうはそう思い、喜んだ。より一層修行に励み、より多くの風を呼び、より多くの小さな生き物を招いた。そして――。

 その『季節』はやって来た。


 ごうごうと風が舞っていた。

 岩山の洞窟に築かれた道士の庵のなかで。

 その風は渦を巻き、庵のなかのすべてを砕き、砂へとかえている。その風のなかにはまさに無数と言っていい数の小さな生き物が潜んでいた。

 「馬鹿者! なぜ、麒麟きりんがいることをわしに言わなかった⁉」

 風の荒れくるう庵のなかで、道士の絶望の叫びが響く。

 「麒麟きりんはこの世のすべてを砕き、砂へとかえる風の妖怪! これほどの数になってしまってはもう、どう対処しようもないぞ!」

 まさに、その通り。風のなかに潜み荒れくるう小さな生き物――麒麟きりんは庵を削るごとにますます数を増やし、勢いを増し、さらにさらに強く荒れくるう。

 ついには、道士の、風生ふうしょうの身を砕き、砂へとかえた。

 そして、麒麟きりんの群れは飛び出した。はるかな外の世界へと。


 乾いた熱風のなかに潜む麒麟きりんの群れが世界を覆った。

 その猛威の前にいかなる抵抗も無力だった。世界は熱風に焼かれた。水は干上がり、緑は枯れ、建物という建物は崩され、砂へとかわった。

 すべての人が、生き物が、麒麟きりんの季節によって砂へとかわった。

 この世のすべてを砂へと崩し、麒麟きりんたちが自ら滅びたあと――。

 世界に残ったものは、どこまでもつづく荒涼たる平原。荒れ果てた黄色い大地。

 生き物の姿ひとつないように見えるその大地はしかし、真なる死の世界ではない。

 砂粒のなかを一匹のありが這いながら進んでいる。

 砂のなかの巣穴から姿を見せた蜘蛛くもが素早く、そのありを捕食する。

 その蜘蛛くもを今度は小さな蜥蜴とかげが食らう。

 その蜥蜴とかげを目当てに空から鳥が舞いおりて来て、胃の腑に収める。

 その鳥をより大形の鳥がしとめ、巣へと持ち帰る。

 荒涼たる黄色い大地。

 その上にもまた、新たな生命の営みが生まれていた。

 やがては、生き物たちの死体が大地に還り、砂へと染み渡り、荒れ果てた大地を生命を育む豊かな大地にかえる。そこへ、鳥の糞に混じった種が落ちて芽を出して、新たな生命の世界を作りあげる。

 火生土の理。

 火より生まれし風もまた、大地を生む。

 岩を崩し、山を崩し、すべてを崩して砂へとかえ、世界を黄色い大地に還す。そして、自らも大地に還る。

 火より生まれ、大地に死に、それによって新たな時代を生みだす破壊と再生の風。

 それが、麒麟きりん

 風は赤(火)にはじまり、黄(大地)に終わるのだ。

                   完

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