番外編:戦乙女は着せ替え人形!?
拳聖祭の激闘から数日。俺、アステラルダは、仲間たちの(過剰なまでの)看病と、ジン爺さんの秘薬、そしてルルナの持ってきた妙な効能を持つ霊水のおかげで、驚異的な回復力を見せていた。右拳の痛みもほぼ消え、身体もだいぶ動くようになってきた。まあ、まだ全力での戦闘は避けるべきだろうが。
そんなある日の午後。俺が部屋で軽いストレッチをしていると、突如、エリアとルルナが、キラキラと妙な輝きを瞳に宿して部屋に押し入ってきた。
「アステラルダ様、少々よろしいでしょうか?」
エリアが、いつになく丁寧な(しかし有無を言わせぬ)口調で言う。
「ねぇねぇ、アステラルダ! ちょっとじっとしてて!」
ルルナは、手にした小さな箱を開けながら、目を輝かせている。その箱の中には、色とりどりの粉や液体、紅などが詰め込まれていた。化粧道具、というやつか?
「……なんだ? 俺は別に、用はないが」
俺が訝しげに答える間もなく、二人は俺の両側を固めた。
「まあ、そうおっしゃらずに。たまには、こういうのも必要ですわ」
「そうそう! いつも戦ってばかりじゃ、お肌に悪いよ!」
そして、俺の抵抗を(物理的に)封じ込めながら、二人は手際よく俺の顔に化粧を施し始めたのだ!
「おい! 何をする! やめろ!」
俺は当然抵抗する。だが、エリアの素早い動きと、ルルナの(意外にも強い)精霊の力による拘束(?)で、身動きが取れない!
「ふふふ、アステラルダ様。たまには、こういう『お遊び』もよろしいでしょう?」
エリアが悪戯っぽく笑う。
「わー! アステラルダの肌、すべすべー! どんな成分でできてるの!?」
ルルナは、化粧そっちのけで俺の頬をぷにぷにと触り始めた。やめろ!
◆
俺が屈辱と抵抗で顔を赤らめている間に、化粧は着々と進んでいく。
普段は結ばずに流しているだけの銀髪は、器用に編み込まれ、ルルナが持ってきた生花で飾られた。
白い肌には、ほんのりと頬紅が差され、唇には艶やかな紅が引かれる。
目元も、何かキラキラした粉のようなものを塗られ、普段の鋭い眼光が、少しだけ和らいで、潤んだように見える……気がする。
「……できましたわ!」
「うん! すごく可愛い!」
エリアとルルナは、満足げに手を叩いた。
エリアがどこからか手鏡を取り出し、俺の前に差し出す。
◆
鏡に映った自分の姿を見て、俺は絶句した。
そこには、確かに俺の顔があるのだが、普段の俺とは全く違う、まるで物語に出てくるお姫様か妖精のような、恐ろしく可憐で美しい少女が映っていた。
「……誰だ、これは……」
俺は、自分の声で呟いた。
「きゃあー! アステラルダ様、かわいいー!!」
エリアが、普段のクールさはどこへやら、黄色い歓声を上げて俺に抱きついてきた!
「うんうん! アステラルダ、最高に可愛い! このまま標本にして飾りたいくらい!」
ルルナも、目をキラキラさせて同意する。
「離れろ! 鬱陶しい!」
俺は二人を引き剥がそうとするが、完全に調子に乗った彼女たちは止まらない。
「こうなったら、お洋服も着替えさせちゃいましょう!」
「賛成! この前、街で見つけた可愛いドレスがあるの!」
「待て! やめろと言っているだろうが!」
俺の抵抗も虚しく、女性陣(と言っても二人だが)の暴走はエスカレートしていく。
普段の動きやすい軽装から、ひらひらのフリルが付いたドレスへ。次は、異国風の踊り子の衣装へ。さらに、神殿の巫女服のようなものまで……。俺は完全に着せ替え人形と化していた。
その騒ぎを聞きつけて、ゴルドー、カイ、ゼノン、そしてジン爺さんまでが部屋に集まってきた。
そして、おめかし(?)され、様々な衣装を着せられた俺の姿を見て、男性陣は一様に固まった。
「…………姐さん……?」
ゴルドーは、口をあんぐりと開けたまま、動きを止めている。
「…………アステラルダ……?」
カイも、顔を真っ赤にして、言葉を失っている。
「…………なんと……」
ゼノンも、普段の無表情を崩し、目を見開いている。
「ほっほっ……これはまた……見違えたわい」
ジン爺さんだけは、面白そうに目を細めていた。
彼らの視線は、普段の俺に向けられる畏敬や警戒とは全く違う。それは、純粋な美しさ、可憐さに対する、感嘆と、そして……明らかに「惚れた」男の目だった。
(……なんなんだ、こいつらの目は……)
俺は、その熱っぽい視線に居心地の悪さを感じ、顔を顰める。
「やっぱり! アステラルダ様は、何をお召しになってもお美しいですわ!」
「うん! 世界一可愛い!」
エリアとルルナは、男性陣の反応を見て、さらに満足げだ。
ゴルドーは、はっとして叫んだ。
「そ、そうだ! 姐さん! こ、今度、拳王都でミスコンテストがあるらしいでやす! 姐さんなら、絶対に優勝できやすよ!」
「ミスコンテストぉ!?」
カイも目を輝かせる。
「それだ! アステラルダが出れば、間違いなく優勝だ! 俺が保証する!」
「うむ。アステラルダ様の美しさは、女神にも匹敵するだろう」
ゼノンまで、真顔でそんなことを言い出した。
「「「……!!」」」
エリアとルルナは、顔を見合わせ、そして悪戯っぽく笑った。
「ふふふ、ミスコンテスト、ですか……」
「面白そう! アステラルダ、出てみようよ!」
「断る!」
俺は即答した。冗談じゃない。俺がそんな、女の美しさを競うような大会に出るわけがないだろう!
「まあまあ、そう言わずに。優勝賞品には、珍しい回復薬とか、伝説の武具とかが出るかもしれませんよ?」
エリアが、俺の興味を引きそうな嘘か本当か分からない情報を囁く。
「それに、アステラルダの可愛い姿、もっとたくさんの人に見てもらいたいなー!」
ルルナが無邪気に(?)煽る。
「そうだぜ、姐さん! 出ましょうぜ!」
「アステラルダ! 頼む!」
「アステラルダ様、ご一考を……」
男性陣も、なぜか乗り気だ。
(……こいつら、グルか!?)
俺は、完全に仲間たちの策略(?)に嵌められようとしていた。
化粧をされ、ドレスを着せられ、そして今度はミスコンテスト……?
俺の異世界での受難は、戦いだけではないらしい。
この、やたらと俺を愛でたがる仲間たちの存在そのものが、最大の試練なのかもしれない。
俺は、頭痛をこらえながら、深いため息をつくしかなかった。
(……もう、好きにしてくれ……)
そんな諦めの境地に至りつつある、今日この頃である。
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