第34話:拳聖との対峙、祭りの終わりと始まり

 決勝戦当日。


 拳王闘技場は、これまでの比ではない、凄まじい熱気に包まれていた。


 アリーナの中央で、俺は最後の相手と対峙する。『不動の拳聖』ゴウケン。岩のような巨躯、鋼のような筋肉、そして何よりも、その身から放たれる、揺るぎない強者のオーラ。前大会優勝者、現時点での大陸最強の武術家だ。


「……来たか、小娘」


 ゴウケンは、低い声で言った。その目は、静かだが、鋭い。


「お前の戦い、見させてもらった。奇妙な技だが……確かに強い。儂がこれまで戦ってきた誰とも違う」


「アステラルダだ」


 俺は名乗り、構える。

 右拳は、まだ完全ではない。

 だが、痛みはほぼ引いている。

 決勝の舞台、相手は最強の拳聖。

 出し惜しみはできない。


「ワシはゴウケン。この拳で、最強の道を歩んできた」


 ゴウケンも、独特の重い構えを取る。それは、どんな衝撃も受け止め、そして打ち砕く、まさに「不動」の名にふさわしい構えだった。


 観客席からは、割れんばかりの声援が飛ぶ。


「ゴウケン様ー!」

「アステラルダ! 奇跡を見せてくれ!」


「始め!」


 ゴングが鳴り響く。


 決勝戦は、静かに始まった。

 ゴウケンは動かない。ただ、圧倒的な存在感で、俺にプレッシャーを与えてくる。

 俺も、迂闊には動けない。相手は、俺の動きを完全に見切ろうとしている。


 先に仕掛けたのは、俺だった。


 フェイントを織り交ぜながら、鋭いローキックを放つ。

 ゴウケンは、その蹴りを、最小限の動きで受け止めた。まるで、岩に蹴りつけたかのような感触。びくともしない。


 (……硬い!)


 ゼノンとは違う種類の硬さだ。鍛え上げられた肉体そのものが、鎧となっている。


 俺は、距離を取り、ヒットアンドアウェイに切り替えようとする。だが、ゴウケンは、俺の動きに合わせて、じりじりと間合いを詰めてくる。逃がさない、という意思表示か。


 そして、ゴウケンが動いた。


 重く、しかし速い踏み込み。そこから繰り出される、渾身の正拳突き。


 それは、単純な突きではない。気の力か、あるいは特殊な呼吸法か、凄まじい威力を秘めた一撃だ。空気が震えるのが分かった。


 俺は、その一撃を、全力で回避する。

 拳が、俺の頬を掠めただけで、衝撃波のようなものが襲ってくる。


 (……これが、拳聖……!)


 俺は、初めて本気の危機感を覚えた。この男は、強い。本当に強い。

 小手先の技だけでは勝てない。


 ならば――


 俺は、覚悟を決めた。

 痛む右拳を、強く、強く握りしめる。

 やるしかない。持てる全てを、この一戦にぶつける!


 俺は、ゴウケンの次の攻撃に合わせて、自ら懐へ飛び込んだ!

 打撃、蹴り、肘、膝、そして組み技! MMAの全てを、嵐のように叩き込む!


 ゴウケンも、その猛攻に対し、不動の構えで受け止め、カウンターの重い一撃を放ってくる!

 拳と拳、蹴りと蹴りが激しく交錯する。アリーナ全体が、二人の激闘に息を呑む。


 それは、まさに死闘だった。

 互いにダメージを負い、息を切らしながらも、一歩も引かない。

 最強を目指す者同士の、魂のぶつかり合い。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 ついに、決着の時が訪れた。


 俺は、最後の力を振り絞り、ゴウケンのガードをこじ開け、渾身の左ハイキックを放った。

 同時に、ゴウケンも、カウンターの右ストレートを放ってきた。


 両者の攻撃が、互いを捉える――!


 …………


 勝敗は、紙一重だった。

 俺の蹴りは、ゴウケンの側頭部を捉え、彼の意識を刈り取った。

 同時に、ゴウケンの拳も、俺の腹部に深々と突き刺さり、俺の意識もまた、遠のいていった……。


 次に気がついた時、俺は宿屋のベッドの上にいた。

 隣には、心配そうな仲間たちの顔があった。


「……勝負は?」


 俺は、掠れた声で尋ねた。


「……アステラルダ様の、勝ちです」


 エリアが、静かに告げた。


「ゴウケン様は、アステラルダ様の一撃で気を失いました。アステラルダ様も、その後すぐに倒れられましたが……先に立っていられなくなったのは、ゴウケン様の方でした。僅かな差です」


 (……勝った、のか)


 俺は、ぼんやりとした頭で、勝利の事実を受け止めた。

 拳聖祭、優勝。大陸最強の武術家、『拳聖』の称号。

 俺は、この異世界に来て、一つの頂点に立ったのだ。


 だが、不思議と、達成感よりも、安堵感の方が大きかった。

 そして、仲間たちの顔を見て、思う。

 俺の戦いは、まだ終わらない。こいつらと共に、歩むべき道は、まだ先へと続いているのだ、と。


 拳聖祭の熱狂は、やがて過ぎ去るだろう。

 だが、俺たちの物語は、ここからが本当の始まりなのかもしれない。

 騒がしい仲間たちと共に、最強への道を、そして、まだ見ぬ未来へと。

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