第21話:静かなる強者、ジン
その老人は、見た目はごく普通の、痩せた好々爺といった風貌だった。
白髪と長い髭を蓄え、質素な麻の服を身に着けている。だが、俺は、その老人から放たれる、尋常ではない「気」のようなものを感じ取っていた。それは、これまで俺が対峙してきたどんな強者とも違う、深く、静かで、それでいて底知れない、達人だけが持つオーラだった。
「……なんだ、あの爺さん?」
ゴルドーが、不用意に声を上げる。
「静かに。ただ者ではありません」
エリアが、素早くゴルドーを制し、警戒態勢に入る。カイも刀の柄に手をかけ、ゼノンは盾を構え、ルルナも精霊たちを周囲に集める。俺の仲間たちも、見た目とは裏腹な老人の実力を感じ取ったようだ。
俺たちの気配に気づいたのか、老人はゆっくりと目を開けた。その瞳は、穏やかだが、全てを見通すかのように澄み切っている。
老人は、俺たち一行、特に俺の姿を認めると、ふむ、と頷き、静かに立ち上がった。
「……ほう。珍しい客人が来たもんじゃわい」
その声は、穏やかだが、芯のある響きを持っていた。
「儂はジン。この山で、ただ気ままに暮らしておるだけの、ただの爺いじゃよ」
老人は、にこやかに自己紹介した。だが、その言葉を額面通りに受け取る者は、ここには誰もいない。
ジンと名乗る老人の視線が、俺に注がれる。
「……そこの嬢ちゃん。あんた、面白い『気』をしておるな。若く、瑞々しい生命力の中に、老獪な獣のような、鋭く研ぎ澄まされた闘気が混じっておる。それに、その身体……見事なまでに鍛え上げられておるわい。まるで、生まれたときから武のために存在するかのような……」
老人は、俺の本質を、いとも簡単に見抜いたかのように言った。
(……この爺さん、何者だ……?)
俺は、警戒心を最大限に高める。
ジンは、そんな俺の警戒を意に介さず、楽しそうに続けた。
「久々に、血が騒ぐような気配に出会ったわい。なあ、嬢ちゃん。少し、儂の退屈しのぎに付き合ってはくれんかの? ほんの、手合わせ程度で良いからのう」
穏やかな口調だが、その瞳の奥には、抑えきれない武術家としての闘争心が宿っていた。
俺は、ゴクリと喉を鳴らした。
この老人は、強い。
間違いなく、これまで俺が異世界で出会った中で、最強の相手だ。黒騎士やゲルハルトよりも、あるいはそれ以上に。純粋な「武」において。
だが、だからこそ、戦ってみたい。
この老人の体術が、どんなものなのか。そして、俺のMMAが、どこまで通用するのか。
「……いいだろう。手合わせ、受けて立つ」
俺は、ジンの挑戦を受け入れた。
「ほっほっ。話が早くて助かるわい。わしも老い先短いからのう」
ジンは嬉しそうに笑うと、構えを取った。それは、特定の流派を感じさせない、自然体の構え。だが、一切の隙がない。
俺も、ファイティングポーズを取る。
仲間たちが、固唾を呑んで俺たちの対峙を見守っている。
山中の静寂の中、二人の達人の戦いが、静かに始まろうとしていた。
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