第13話

【ネズミの魔獣視点】


「はあ、はあ、はあ、はあ、あの聖獣怖すぎるでやんす」


 あっしは森の中に隠れる。


 あの聖獣、最初は大したことが無いと思っていたでやんす。

 不意を突いて何とかおいらを数秒だけ拘束できる程度の力。

 その程度だと思っていたでやんす。


 でもあの聖獣は最初の拘束攻撃で魔力の放出を抑えて意図的に弱者を装っていたでやんす。

 しかも罠はそれだけじゃなかったでやんす。


『きゅきゅう!(エリス、今だ!)』


 こともあろうかあの聖獣は自分と王女をおとりにしていたでやんす。

 あの聖獣、狂っているとしか思えないでやんす。



 屋敷の屋上から強力な重力魔法と矢の雨。

 しかも矢は重力魔法で強化されていたでやんす。

 あの奇襲でおいらの戦力はガタ落ちしたでやんす。


 あの時、上にいたエリスをあっしから隠さず、全魔力を使わせて攻撃をさせていたでやんす。

 あの思い切りの良さは厄介でやんす。


 更に、学園と屋敷の中から兵士と学園生が走って攻撃を仕掛けてきたでやんす。

 『おいらを囲んで逃がさない』まるでそういう意思を感じたでやんす。


 そして奴は言ったでやんす。


『まさか、襲撃の準備をしていたでやんすか!』

『きゅきゅう(その通りだ!)』


 そこでおいらは思ったでやんす。

 聖獣の力はまだ弱い。

 おいら達の事を予知する聖獣をここで倒す。


 そう思わされていたでやんす。

 今思えばあの時、即座に撤退するべきだったでやんす。


 あの聖獣、油断させておいて急に本気で攻めてきたでやんす。

 あの緩急が怖いでやんす。

 それでもまだおいらが優勢、そう思っていたでやんす。


 でも、聖獣の匂いがするあの3人、ノワール、左腕に大きなガントレットを付けた男、ナイフを持ったメイド、あの3人が思ったよりも強かったでやんす。

 あれは聖獣が育てた戦力に違いないでやんす。

 あっし達は追い詰められていったでやんす。



 そしてあっしは逃げる決断をしたでやんす。

 でもそこからが恐怖の始まりだったでやんす。


『きゅきゅう! (待て! お前らは全部倒されないといけないんだ! そうしなきゃダメなんだって! 待てよおおおおおお!)』


『きゅきゅう! (はあ!? はあ!? 俺聖獣じゃん! 止まれよごらあああああ!)』


『きゅきゅう! (邪神だと! お前言って良い事と悪い事があるだろ! 邪神と一緒にすんな! 取り消せよ! そして死ね! お前らは離れて存在できない、その弱点は分かってるんだよ!)』


『きゅきゅう! (おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらあああああ!)』


『きゅきゅう! (次はお前だ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄あああああああああああ!)』


 最後の6体になったあっし達は後ろから追いかけられたでやんす。

 あっし達は確実に数を減らされていったでやんす。

 あの聖獣、1体を確実に仕留めるように白き叡智なる手で執拗に攻撃を続けたでやんす。

 


 散開して逃げてもあっし達は離れすぎると分身が消える特性があるでやんす。

 それでもあっしは散開を、いや、散開するしか助かる道は無かったでやんす。


 最後おいらは1体になり走って走って逃げ続けたでやんす。

 そこで聖獣の声が聞こえたでやんす。


『きゅきゅう! (どこに行った! 出てこい卑怯者が! ぶっ殺してやんよ!)』


 あの叫びは恐怖でやんした。

 おいらは狩る者から狩られる者に変わっていたでやんす。

 あの聖獣、次はもっと有利な状態で確実に仕留めるでやんす。


「ネズミ! ネズミいいいいいいいいいいい!」


 牛の魔獣の声が聞こえる。

 すかさず駆け寄った。


「牛の旦那!」


 旦那の見た目は首から下が筋骨隆々な男で首から上は牛の頭だ。


「エリスはどうした」

「そ、それは、失敗したでやんす」

「なんだと、俺がせっかくおとりになってやった。ここまでしてお前! 失敗したのか!!」


「すまないでやんす! ですが旦那! 聖獣がいたでやんす! そのおかげであっしは1体だけになってしまったでやんすよ」

「聖獣か、面白い」


「仇を取って欲しいでやんす」

「ふん、いいだろう」

「さすが旦那、馬の旦那よりも頼りになるでやんす」


「がはははは! そうだろうそうだろう! 馬のやつより俺の方が強い」

「おいらが追い込まれた話を聞いて欲しいでやんす」

「いらん」


「でも、聖獣が」

「いらん、んん? ネズミ、まさかお前、俺が聖獣ごときに遅れを取ると思っているのか? あの聖獣ごときに!!」


「ひいいいい、め、滅相もございません!」

「お前は引っ込んでいろ!」

「旦那の、仰せのままに、するっす」


「ふん」

「あの、あっしは、分身体がいなくて困っているっす。出来れば若い女を攫って来て欲しいでやんす。おいらは残り1体、死んだら終わりでやんす。自然回復には時間がかかるでやんす」

「俺を駒のように使うなよ! お前の失敗だ! お前が自分で何とかしろ!」


「そ、そんなあ」

「ふん、今から城を作る」

「さ、流石旦那、もうそこまで力を取り戻していたでやんすか」


「言っておくがお前は中に入れない」

「そんなあ」

「行け、しっし!」

「……」


 おいらはその場を離れた。


 ち!

 使えない牛の魔獣でやんす。

 知将であるあっしをないがしろにするとは、やはり筋肉だけの馬鹿には言っても無駄でやんす。


 今は女を使って数を増やす事が出来ないでやんす。

 もし1体だけで女を攫おうとしてやられれば終わるでやんす。


 あっしの数を一気に回復する事は出来ないでやんす。

 時間はかかるでやんすが、森に潜んであっしの数を少し回復させてから動くでやんす。


 エリスを手に入れさえすれば、いや、今はノワールでもいいでやんす。

 丈夫であっしの子供を産むのに適した女を手に入れるでやんす。

 数を回復させた後はおいらの力を増す為に何度も孕ませてその命を貰うでやんす。


 そうすれば完全体になれる。

 邪神様を完全体にする手柄を立てるでやんす。

 そうなればおいらはご褒美を貰って更なる力を得られるでやんす。

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