第3話

 壁をよじ登り窓を何度も叩く。

 ここは女子寮、エリスの部屋だ。


「クエス、お菓子はダメ」

「きゅきゅう!(プリムラ! 話を聞いてくれ!)」


 プリムラ・アイスブレス。

 俺の推し、悪役令嬢の専属メイドだ。

 髪は淡いブルーのロングヘアをサイドテールに束ねている。

 顔立ちは整っているが表情の変化に乏しい。

 ゲームヒロインの1人だ。


 プリムラが眉を潜めた。


「何? その言葉、本当にクエス?」

「きゅきゅう! (そうだって、話を聞いてくれ!)」

「ずいぶんと、口調が乱暴になった」

「きゅきゅう! (いいから窓を開けてくれ!)」

「お菓子はあげない、少し太りすぎ、お嬢様に甘やかされすぎ」


 そう言いながら窓を開ける。


「……で?」

「きゅきゅう! (今王国歴何年?)」

「880年」


「きゅきゅう? (学園1年目か 季節は? いや、入学して何ヵ月経った?)」

「まだ、一ヵ月も経ってない」


 そうか、良かった。

 でも違う不安が押し寄せてくる。

 そもそもこの世界はゲームと同じ時間にイベントが発生するのか?

 その保証は一切無い。


 てか転生したクエスはストーリーのキーになったりする。

 俺がラムザから離れた時点でゲーム主人公の行動が変わる。

 ストーリーは再現性が無い可能性もある、そう考えて動こう。


「きゅきゅう? (今エリスは無事だよな?)」

「お嬢様はいつも通り。お酒の入ったお菓子でも食べた?」


 そうか、無事か。

 良かった。


「クエス、いつもと違う」

「きゅきゅう? (さっきピーンと浮んだんだ。このままだとエリスに悪い事が起きる。1回目は夏休み前、2回目は夏休み、これを言った時点で未来が変わる可能性もある。とにかくだ、何があっても絶対に実家に帰っては駄目だ。家の事はプリムラなら分かるだろう?)」


「家の事を、知っている……」

「きゅきゅう! (俺聖獣じゃん! 聖なる存在じゃん! ピーンと来たんだって!)」


「クエスは、そんな事言わない。いつもと違って邪悪さを感じる」

「きゅきゅう! (信じてくれって!)」


 プリムラが俺に疑いの目を向けた。

 実家が危ない事を話して警戒されたか?

 いや、クエスはもっと純粋なキャラだ。

 

 今のままでは駄目だ。

 自分から良い存在だ、そう言う奴は大体怪しい。

 自己申告って当てにならないんだわ。


 俺は聖なる存在だけども、ここは一旦認めて謙虚に話をしよう。


「きゅきゅう(プリムラ、俺に純粋さを感じないのは分かる。よく考えたら自分から聖獣とか聖なる存在とか言うのは無いと思う。確かに俺は前のクエスとは違う。それは認めるよ、でも俺はエリスを守りたい、それは本当なんだ。ややこしい話だがクエスの中に何かが降りてきた。それで色々と分かるようになったんだ)」


「色々?」

「きゅきゅう(そう、色々だ)」

「例えば?」


「きゅきゅう(エリスの実家はエリスを物のように育てた。それにプリムラは、いや、これはプリムラが触れられたくない事になる)」


「いい、言って」

「きゅきゅう(プリムラは竜族と人のハーフだ、だから竜族にあるはずの角が無い)」


 プリムラの表情が少しだけ険しくなった。

 プリムラは自分が竜族のハーフである事を知られたくない。

 亜人は昔邪神と女神陣営が分かれて戦った際に邪神側についた人間が加護を受け体が変化した存在だ。


 王都はかなりマシになっているがエリスとプリムラのいた北の辺境は今だに差別があったりする。


「きゅきゅう(だから言いたくなかった)」

「何も言ってない」

「きゅきゅう(怒ったように見えた)」

「怒ってない」


 あ、これは怒ってる。

 女性の怒ってないって言ってるけど怒ってるやつ。

 怒っていると言ってはいけない。


「きゅきゅう(1回目、エリスがどうやって罠にかかるかだけ分かる範囲で言う)」

「……」

 

 俺は話を続けた。



「……きゅきゅう(……というわけだ)」

「誰が犯人か分からない、いつ仕掛けたのか分からない、それじゃ対処は難しい。それにお嬢様には味方が少ない」


「きゅきゅう? (そ、そうか、あ、れ、まぶたが、重い)」

「クエスは、よく寝る。いつもの事」

「きゅきゅう(そう、だった)」


 ゲームで、クエスはよく寝ている。

 活動時間に限りがある。

 俺は眠りに落ちていく。



 ◇


 

 これは、夢?

 俺がゲームをしている、夢?


 悪役令嬢のエリスが闇堕ちするとプリムラも自動的に闇堕ちする。

 闇堕ちする原因は邪神テンタクルサタンだけではない。

 その信者。

 邪神に生贄を捧げて力を得たい者。

 邪神の眷属である魔獣。


 どの罠にかかってもアウト。

 負けてもアウトだ。


 俺はゲームで失敗した、そう思っていた。

 でも後から知った、1週目は必ずエリスが闇堕ちする。

 そして、エリスが堕ちればプリムラも闇堕ちする。



 暗い部屋。

 プリムラと主人公パーティーが向かい合う。


「プリムラ! 君まで戦う事はない!」


 ゲーム主人公のラムザが叫ぶ。


「ラムザ、あなたの事は、嫌いではなかった」

「その短剣をしまってくれ!」

「もう、私には、必要無い」


 プリムラが短剣を床に落とす。


「分かってくれたか。エリスは僕が解放する」

「お嬢様を、殺して?」

「く、そうだ」


 ラムザが悔しそうな顔で言った。


「そう、分かっていた、だから! 奥には行かせない!」


 プリムラが服を脱いで床に落とした。


「なんでだ?」

「戦う為に、ナイフも、服も、邪魔なだけ」


「違う、そうじゃない! プリムラ、君はどうして泣いているんだ!? 苦しまなくていい! もう戦わなくていいんだ!!」

「そう、私、泣いてる、んだ。は、はははははははは!」


 プリムラが狂ったように、感情を吐き出すように笑う。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そしてその声は悲鳴にも似た叫び声に変わる。

 プリムラが大きな竜に変身した。


「グオオオオオオオオオオオオ!」

「プリムラ! なんでだ! どうしてこんな! くう!」




「きゅ! (ふぁあ!)」


 ウツルート、ゲーム1週目の確定ルート。

 そう、エリスが罠にかかったら終わりだ。

 エリスが堕ちればプリムラも堕ちる。


「どうしたの? 急にビクンとして、ふふふ、うなされていたの?」


 優しいエリスの声がする。

 俺は机の上で寝ていた。


 エリスは勉強しているようだ。

 左手で優しく俺を撫でるエリス。

 

 エリスの胸を見上げる。


 大きい。

 すごい、本当にすんごい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る