第5話 世界医療協会
丁寧に名乗った長髪の彼は、王国医療協会のエンブレムが刺繍された白のローブに袖を通している。整った顔立ちだからか、会長と名乗るにはとても若く見える。相当な実力者なのだろうか。
「会長!?はっ、初めまして。僕はレン・ウォルターといいます。すみません、恥ずかしいところをお見せしました」
「急に声をかけて悪かったよ。君が拘置所から出てくるのを待っていたんだ。先程、登録を確認した時に事情も聞いているからね。それに、君が入隊試験を受けに来ることもスリーロス殿から聞いていたんだよ」
『キリオス・スリーロス』レンの師匠であり、元王国医療協会会長である。ただ、師匠が元会長であることをレンは知らない。
「じいちゃんをご存じなんですか!?昔王都で働いていたとは言っていたので、じいちゃんを知っている方に出会えるかなとは思っていましたが。まさか会長もご存じだったとは、びっくりです」
「え?ああ、前に一緒に働いていたことがあってね。あのスリーロス殿がまさか弟子をとるとはね、私も少し驚いているよ」
何かを察したのか、レイルもそれ以上は言わなかった。
「そうなんですね。あ、なにか用でも?」
「いや、君を一目見ておこうと思ってね。それと試験票を渡しておくよ。試験は明後日だね、楽しみにしているよ」
そう微笑んだ会長を微かな光が包み込む。
転移魔法で目の前からいなくなった。
「あの人が王国医療協会の会長か・・・・」
◇ ◇ ◇
『世界医療協会』
世界全九ヵ国が加盟し、共同で運営している組織である。共同での運営となっているが、実際は各国が各々で医療協会を運営し、情報を共有しているだけである。
その為、共同の拠点などといったものは存在せず、国家間で技術や制度のレベルに多少なりとも差が生じているのも事実である。つまり、他国の技術や人材を狙う争いがいつ起きてもおかしくないのだ。
ただ、加盟条約の一つに『いずれかの国の医療協会が簒奪行為・侵略行為を受けたと判断された場合、他国はそれを行った者に対して方法を問わず無条件に制裁を与えて良い』と記されている。
この理由からどの国の医療協会に対しても侵略行為や簒奪行為は基本的に行われていない。例え行ったとしても文字通り全世界が敵に回り、メリットが全く無いからである。
そして、この条約があるが為に、皆が必死で自国の医療協会の権威を守り、維持している。自国の医療協会が襲われるということは即ち、他国軍の侵攻を許可するのと同義であるからだ。
政的に友好と言える国家間は殆ど無い。常に他国の領土・資源を狙っている国、過去の因縁から蟠りの解けていない国、今もどこかで小競り合いは起こっている。ほんの些細な切っ掛けで壊れてしまう橋を渡っている為、お互いに隙を見せないよう医療協会の運営には細心の注意を払っている。
それ故に、惑星パルティナでこれだけ人族が繁栄できていると言えるだろう。
◇ ◇ ◇
会長が目の前から消えてから、宿を探しに街に戻っているレン。騒ぎのあった広場の近くを歩いていると後ろから声が掛かった。
「お~い、兄ちゃん。どこ行ってたんだよ」
「あ、おじちゃん。すぐ戻る予定だったんですが、色々あって・・・」
「そうか。釣りも持たずに行くもんだから驚いたよ。そうだ、この肉持っていけ」
「いいの?お腹空いてたから嬉しいけど・・・」
「ああ、金は貰ってるんだ。構わんよ。ところで、宿はもう決めたのか?」
痒いところに手が届く店主だ。
「いや、今から探そうと思ってます」
「そうか、なら魚虎亭(うおとらてい)に行くといい。あそこは料理が美味いんだよ」
中央東大通りから北西方向に分かれている『第五通り』を指差しながら教えてくれる。なぜか自慢げに微笑んでいるが、本当に美味しいんだろう。
「魚虎亭ですか。ありがとうございます」
橙色だった空はもう、薄明を迎えている。
入口上にある焦げ茶色の大きな木製看板に、仄かに光る白文字で『魚虎亭』と書いてあるのが見えてきた。
「いらっしゃいませ。あっ!?」
「ん?」
「いや、ごめんなさい。泊りと食事はどっちですか?」
宿に入ると、可愛らしい少女が正面のカウンターから声をかけてくれた。看板娘の言葉がしっくりくる面持ちだ。一瞬何かに驚いたが、直ぐに案内をしてくれる。
「泊りたいんだけど、一部屋空いてますか?」
「空いてるよ!えっと、朝ごはん付きで一泊四千メルトです。夜ごはんは付いてないけど、ここで食べるなら半額になるよ」
料金表を見ながら一生懸命教えてくれる姿が愛おしくて、魚虎亭に泊まることにした。
「わかった。じゃあ、朝食付きで七日分お願いします」
少女にお金を手渡す。
「ありがとうございます!二千メルトと、部屋のかぎです。かぎは無くさないようにお願いします。それと、外に出る時はここにかぎを預けてください。ごはんは左の食堂に来てください」
レンの右側には五十人くらい座れそうな食堂がある。今も八割ほど席が埋まり、賑やかな声が聞こえている。
「あ、部屋は二階の一番おくの五番の部屋です。夜ごはんは食べる?」
「せっかくだから食べたいな」
「わかった!」
そう言うと食堂に走っていく。レンも後からついて行く。
「お母さん!泊りのお兄ちゃんが夜ごはん食べたいって!」
少女は声を張りながら厨房にいる一人の女性に駆け寄っていく。
「こら、厨房は危ないから走らないの。それと、お客さんって言いなさい」
「はーい」
娘の頭を撫でながら優しい声で注意している女性が魚虎亭の女将なのだろう。赤いエプロンを身に着け、茶色い髪を後ろで一つに纏めている。三十代後半くらいだろうか、綺麗な女性だ。
レンに視線を向ける。
「お客さん、良ければカウンターにお願いします」
頷いてカウンターに座り、メニュー表を見る。
「これ、レッドブリームの煮付けがおすすめだよ」
少女が隣から覗き込んで教えてくれる。
「ありがとう、じゃあそれにしようかな」
「何してんの、あんたは早く受付に戻りなさい。ごめんなさいお客さん、普段はこんな事しないんです・・・」
「いえ、大丈夫ですよ。可愛らしくて癒されます。串肉屋の店主に勧めてもらって良かったです」
「あら、そうなの。そういえば、今日あの辺りで酷い喧嘩があったみたいですよ。そこに駆け付けた医者が凄腕だって噂になってるのよ」
「そ、そうなんですか」
「ええ、娘も偶然通りかかったみたいで『すごかった!』ってはしゃいでたのよ。お客さんの格好が医者に見えたのかもしれないわね」
「かも、知れないですね・・・」
勧められた白身魚の料理は言うまでもなく絶品だった。
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