第31話 旧友たち

 廃別荘に駆けつけた警備兵たちによって、ギヨームと彼が雇っていた冒険者たちは捕縛された。

 情報を提供すれば量刑が軽くなると言われた冒険者たちの証言により、ギヨームの更なる余罪も明らかになった。彼は美術品の蒐集を趣味としていたが、「美しいものを蒐集しゅうしゅうする」とうそぶき、配下の者に若く見目麗しい男女をさらわせて、「鑑賞用」との名目で監禁していたという。

 被害者たちは救出され、ギヨームは貴族の品位と信用を損なったとして厳しく裁かれるらしい、という話が、カレヴィたちの耳にも届いた。

 カレヴィはギヨームの犯罪に嫌悪感を抱くと共に、魔女モルティスが見目麗しい男たちを「保存」していたのを思い出した。


――あの魔女もギヨームも、人を人と思っていないのは同じだ。到底、許されるべきではない……

 

 呪いを解き、男の身体を取り戻した暁には故郷に戻らねばと、彼は改めて思った。

 


 アメリを救出したカレヴィ一行は、彼女たちの屋敷に招かれ、下へも置かぬもてなしを受けている。


「アメリを無事に救い出してくれて、君たちには、どれほど感謝しても感謝しきれない。ルミナスへつ日まで、どうか我が家で寛いでいって欲しい」

「どうぞ、遠慮なく召し上がってくださいね」


 うたげの為の料理を前に、クレマンとアメリが満面の笑みで、カレヴィたちに言った。

 

「すごい……こんなお料理作れって言われたら、私なら何日もかかりそうよ」

「こんな御馳走、見たことないよ……いや、この後、一生見る機会は無さそうだぜ」


 山海の珍味が並んだテーブルを見て、リーゼルとイリヤは若干気後れした様子を見せている。


「クレマン殿たちの心尽くしのうたげだ。遠慮などしていたら、かえって失礼というものだろう」


 カレヴィは、そう言って旨そうな湯気を上げている肉料理に手を伸ばした。

 彼の様子を見て、リーゼルとイリヤも食事を始めた。


「しかし、二人とも災難だったね」


 ティボーが、クレマンとアメリを労わるように声をかけた。


「だが、事件が起きたのが、君が戻って来た時だったというのは僥倖ぎょうこうと言えるかもしれないな。元はと言えば、私がアメリを絵の題材にした所為でギヨームに狙われてしまった訳だし、今後は控えたほうがいいのかもしれない……」


 クレマンが、眉尻を下げて言った。


「そんな風に考える必要はないわ。悪いことをする人が悪いのだもの。私は、貴方に綺麗に描いてもらえるのが嬉しいの。だから、やめないで」


 言って、アメリが微笑むと、クレマンも少し安堵した表情を見せた。


「本当に、ティボーには学生の頃から助けられてばかりだ。私は勉強も武術も得意ではなかったから、課題を手伝ってもらったりしていたっけ。乱暴者に絡まれそうになったら、それとなくかばってくれたりもしていたな」


 葡萄酒の入ったグラスを揺らしながら、クレマンが照れたように微笑んだ。


「僕は、クレマンと一緒にいるのが楽しかっただけだよ。君の絵や詩を見せてもらうのが楽しみだったし」


「うふふ。二人の気持ち、私にも分かるわ。どちらにも素敵なところがあるもの」


 アメリも、クレマンとティボーの話に相槌を打った。


「でも、どうしてティボーは何も言わずに去ってしまったの? 私もクレマンも、とても心配したのよ」


「ああ、それは……」


 ティボーは、アメリの問いかけに、少し困った顔をした。


「家が破産して父が亡くなった途端、後ろ盾を失った僕の周囲から潮が引くように人が去っていくのを目の当たりにしてね。何も持たない自分には価値がないんだと思い知らされて……君たちの僕を見る目も変わってしまうんじゃないかと、怖かったんだ」


「そんなこと、ある訳ないじゃないか」

「そうよ……あの当時は、私には何の力もなくて、助けにならなかったかもしれないけど、それでも、話くらいはして欲しかったわ」


 クレマンとアメリが、口々に言った。


「うん、自分でも愚かだったと思うよ。こうして再会しても、君たちは何も変わっていなかったというのにね。でも、僕は、今の生活も悪くないと思っているんだ」

「冒険者生活か……絵や詩の題材になりそうな話もありそうだね。あとで、是非聞かせてくれないか」

「どうかな……詐欺師に騙されて素寒貧すかんぴんになった話とかならあるけど」


 ティボーたち旧友同士が笑い合っている様子を見て、カレヴィも彼らの友情に心が温まるような気がしていた。



 クレマンたちの計らいで、カレヴィ一行はルミナス行きの船の中でも最上級の船室を宛がわれた。


「また近くに来ることがあれば、是非訪ねてきてください。いつでも歓迎しますよ」


 港まで見送りに来たクレマンが、にこやかに言った。


「貴方たちの旅の無事を祈ります」


 そう言った後、アメリはカレヴィに近付いて耳打ちした。


「ティボーは本当にいい人だから、仲良くしてあげてね」

「それは……私も本当に、そう思う」


 アメリの言う「仲良く」の意味を察して、カレヴィは曖昧に笑うことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る