第30話 急襲

 カレヴィたちは、廃墟と化している別荘の玄関扉を調べた。

 鍵が破損しているのか、施錠はされていない。

 そっと扉を押してみると、蝶番ちょうつがいが軋む音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 昼間ではあるものの内部は薄暗く、光源は壁に開いた穴や屋根の抜け落ちた部分から差し込む日光くらいだ。


「最近、何者かが出入りしているな。埃の上に、複数の人間が歩いたと思しき足跡がついている」

 

 玄関ホールの床に降り積もったほこりを見ながら、カレヴィは呟いた。

 

「くそッ、アメリをこんなところに……」


 犯人に近付いている確証を目にして気がいているのか、ホールのあちこちを調べていたティボーが、一つの扉を開けた。


「この通路の奥、灯りが漏れている部屋があるよ」


 彼が開けた扉は暗い通路へと続いており、その最奥から、ぼんやりと光が漏れている。


「間違いなく敵がいるな。私が先行するから、リーゼルとイリヤは私の後に。ティボーは殿しんがりを頼む」


 一行はカレヴィの指示で隊列を組み、通路を進んだ。

 突き当りにある両開きの扉はわずかに開いており、そこから室内の灯りが漏れている。

 カレヴィは、扉の隙間から部屋の中を覗いた。

 そこは、かつて食堂や宴会場であったと思われる広間だった。

 窓の鎧戸は全て締め切られている為、日光は入ってこないが、その代わりに魔法の力で光る魔導灯まどうとうが所々に置かれている。

 部屋の中には幾つかの人影があった。

 認識阻害の呪文の効果でカレヴィたちの姿は隠されており、全く気付かれそうな様子はない。

 扉から最も離れたところには人一人が入りそうな細長い箱が横たわり、身を屈めた一人の男が、その中を覗き込んでいる。

 背を向けている為に人相は分からないものの、服装から貴族階級であろうことが見て取れた。

 周囲には、帯剣し革製の軽鎧や外套をまとった数人の男たちが立っている。

 冒険者かもしれないが、どこか柄の悪さを感じさせる者たちだ。


「何度見ても美しい……あんな末成うらなりの青瓢箪あおびょうたんに彼女を独占させるなど、世界の損失だ」


 貴族風の男が、ため息交じりに言った。


「ギヨーム様、報酬ですが、もうちょっとばかり色をつけていただけませんかねぇ。貴族の屋敷に忍び込んで奥方を攫ってくるなんて、なかなかの大仕事でしたよ。バレれば、俺たちだって縛り首だ」


 冒険者らしき男たちの一人が言った。


「下賤の者は欲深いことだ。貸してやった私の蒐集品しゅうしゅうひんを使えば、どうということはなかっただろう」


 ギヨームと呼ばれた貴族らしき男が、そう言いながら振り向いた。見たところ、三十歳前後というところだろう。

 顔立ちそのものは整っているのに、その表情は欲望に歪んでおり、欠片かけらも好感の持てない男だと、カレヴィは思った。


――蒐集品しゅうしゅうひんというのは、犯行に使用された魔導具のことだな。やはり富裕層の者が犯人か。


「どうということないなら、ご自分でやればよかったんじゃあないですかね」

「余計なこと言うんじゃねぇ」


 ぼそりと言った別の男の口を、傍にいた仲間が手で押さえた。


「あ、あの箱の中にアメリが?」


 カレヴィが止める間もなく、ティボーが部屋へ飛び込んだ。


「待て!」


 慌ててカレヴィが声をかけるも既に遅く、ティボーは背負っていた槍を振るい、瞬く間に冒険者たちを打ち倒した。

 槍の鋭利な先端は使わず、柄の部分で殴打する、或いは石突きで突きを食らわせるに留めてはいるものの、冒険者たちは目に見えない相手の襲撃に成す術がなかったようだ。


「な、何だ?!」


 突然、手下たちが次々と倒れ伏していく様を目にして、ギヨームは混乱している。


「リーゼル、認識阻害の呪文を解除してくれ。このままでは、奴と話ができないからな」


 カレヴィが言うと、リーゼルは短く呪文を唱えた。

 魔法が発動した時と同じように、カレヴィたちの周囲に淡い光が現れたかと思うと、儚く散った。


「だ、誰だ、貴様らは?!」


 認識阻害の呪文が解除され、ギヨームにもカレヴィたちの姿が見えるようになったらしい。


「アメリは、そこにいるのか?」


 鬼気迫る表情のティボーに槍の先端を突き付けられると、ギヨームは血の気を失い、へたりこんだ。


「貴様ら……彼女を取り戻しに来たのか? あ、安心しろ、薬で眠っているだけだ……傷つけるつもりはなかった……だ、だから、殺さないでくれ……」


 先刻までの傲慢な態度が嘘のように、ギヨームは、がたがたと震えている。

 カレヴィはギヨームを組み伏せ、ティボーに声をかけた。


「こいつは私が拘束しておく。アメリ殿の様子を見てやるといい」

「あ、ああ。ありがとう、カレヴィ」


 ティボーは我に返った様子で、アメリが入れられている箱に駆け寄った。

 ギヨームや他の冒険者たちを拘束し終えたカレヴィも、箱――よく見ると、それは豪華な棺だった――を覗き込んでみた。

 その中に目を閉じて横たわっているのは、まぎれもなく、あのアメリだ。

 さらわれた際の寝間着姿のまま、傍目には安らかに眠っているように見える。


「本当に眠っているだけだな。気付けの呪文を唱えてみるか」


 イリヤが気付けの呪文を唱えると、アメリは薄らと目を開けた。

 彼女は、自分のいる場所が自宅ではないことに気付き、慌てて起き上がった。


「ティボー? それに、皆さん……これは、どういうことなの?」

「無事でよかった……君は、そこに転がっているギヨームとかいう奴に拉致らちされたんだ。それを、僕たちが探しに来たという訳さ」


 微笑みながらも目を潤ませて、ティボーが言った。


「まぁ、ギヨーム様が? 王立美術館に展示してある『愛と美の女神』の絵を譲って欲しいと、何度もお話をいただいていたけど、クレマンが、あの絵は売るつもりはないと、ずっと、お断りしていた方よ」


「絵が手に入らないからって、描かれていたアメリさんを自分のものにしようとしたんですね。ひどい……」


 リーゼルが、害虫を見るような目をギヨームに向けた。


「うるさい……その美貌で私を誘惑した女がいけないんだ……美しいものを手にしたいというのは高尚な欲求だ……」

「醜い欲望には醜い言い訳が付き物のようだな」

 

 ぶつぶつと呟いていたギヨームだったが、カレヴィににらまれて口をつぐんだ。


 その時、何人もの人間の足音が近づいてきた。


「クーロンヌ警備隊である!」


 開いたままの扉から入ってきたのは、クーロンヌの警備兵たちと、クレマンだった。

 通信用魔導具の位置情報を追ってきたのだろう。


「アメリ! 大丈夫か!」


 棺から起き上がっているアメリの姿に気付いたクレマンが、脇目も振らずに駆け寄ってきた。


「ひどいことを言って、すまなかった……君は、ずっと私に尽くしてくれていたというのに……」


 さめざめと泣くクレマンに抱きしめられたアメリは、やや戸惑った様子だった。

 しかし、間もなく彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、夫の背中に腕を回し、労わるように撫でた。


「私も、少し怒り過ぎてしまって、ごめんなさい。たしかに、ティボーには子供の頃から憧れていたけど、今、私が男性として愛しているのは貴方だけ……それを信じて欲しかったの」


「なんか、丸く収まったみたいで安心したよ」


 ティボーが、何度も頷きながら言った。


「それに、ティボーは、そちらの方が気になるのでしょう?」


 アメリが、少し悪戯っぽい目をして、カレヴィを見た。


「ずっと、彼女のことを気にしてるの、この前会った時から私にも分かっていたわ」

「参ったなぁ、君には敵わないや」


 顔を赤らめて頭を掻くティボーの姿に、全員が笑いを漏らす中、カレヴィは苦笑いした。

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