第14話 お人好しと理屈屋と
新たに現れた二人の男たちを、カレヴィは無意識に観察していた。
年の頃は、共に二十代半ばから後半といったところと思われる。
柄の良くない冒険者たちに声をかけたのは、傷だらけの革鎧をまとい槍を背負った長身の男だった。
やや垂れ目で軽薄そうに見えるが、異性から一定の支持は得られるかもしれないと思える程度には整った面立ちだ。巻き毛がかった赤い髪も
その隣に立っている、眼鏡をかけた砂色の髪の男は、長身の男の連れらしい。相方とは対照的に、群衆に紛れれば、たちまち見失ってしまいそうな、ローブ姿の地味な男だ。
眼鏡の男は、神経質そうに、ちらちらと長身の男を見やっては眉根を寄せている。
一方、冒険者たちは爽やかに微笑んでいる長身の男を目にして、一様に、ぎょっとした顔を見せた。
「ティボー……ま、まだこの街にいやがったのかよ」
「僕たちがどこにいようと自由だろう? ところで、そこのお嬢さんたちは君たちと話したくないようだ。あまり、しつこくしないほうがいいんじゃあないかね?」
長身の男――ティボーの言葉に、柄の悪い冒険者たちは顔を見合わせて舌打ちした。
「ちょっと、からかっただけだろう。そんな女ども、くれてやるさ」
冒険者たちは、捨て台詞と共に店から退散した。
思わぬ展開に小さく息をついて、カレヴィは傍らのリーゼルを見た。
いつの間にかカレヴィの腕にしがみつくようにしていたリーゼルが、不安げに彼の顔を見上げる。
まだ油断はならないと、カレヴィはティボーと呼ばれた男に目を向けた。
――この男、できる。一見隙だらけだが、この雰囲気は我流ではなく正式に武術を習った者の
「大丈夫かい、美しいお嬢さん方。さっきの奴らはね、君たちみたいな素人同然の子に近付いて食い物にするのが目的なんだ。目の前で、そういうことをされるのは気分がよくないから、少し前にも
ティボーは、その灰緑色の目でカレヴィを見返すと、
だが、カレヴィは、先刻とは別の緊張感を覚えた。
「そう怖い顔をしないでおくれよ。僕たちは、あいつらとは違うから安心してくれ。なぁ、イリヤ」
警戒されていると感じたのか、ティボーは傍らの連れに同意を求めたものの、イリヤと呼ばれた眼鏡の男は、無言で肩を
「ところで、君たちは『冒険者』としての仕事を探しているのかい? 僕たちが助けになれることがあるかもしれないから、話だけでも聞かせてくれないか?」
カレヴィは、ティボーの言葉に心が揺らいだ。
キュステを出てからの短い間に、肉体だけとはいえ自身が女であるという理由だけで、男からは舐められ、あまつさえ先刻のような
しかし、目の前にいるティボーという男からは、不思議と悪意のようなものは感じない。
彼が単なる善意から自分たちに声をかけたのではないかとも、カレヴィには思えた。
「リーゼル、彼らは少なくとも我々よりは経験を積んだ冒険者のようだ。話をしてみる価値はあると思うが、いいだろうか」
カレヴィが言うと、リーゼルは一瞬ためらう様子を見せた後に頷いた。
「それでは立ち話もナンだし、座って話そうか」
ティボーに促され、一同は空いたテーブルに着いた。
「改めて、僕の名はティボー。とある傭兵団にいたこともあるけど、今は彼と組んで『冒険者』をやっているんだ」
言って、ティボーは隣に座っている眼鏡の男の脇腹を肘で
「……俺はイリヤ。いわゆる『治癒術師』だ。支援系の魔法も一部使えるけど」
眼鏡の男――イリヤは、どこか不機嫌そうな様子で言った。
どっかりと椅子に座っているティボーに対し、イリヤは浅く腰掛けている。それだけでも二人の性格が対照的であろうことが見て取れた。
「私はカレヴィ、こちらの子はリーゼルだ」
「カレヴィ? 何だか男みたいな名だな」
カレヴィの言葉に、イリヤがぼそりと呟いた。
「いいじゃあないか。
相方の言葉が無礼だと思ったのか、ティボーが埋め合わせるように付け加えた。
「君は武術の心得があるんだよね? それも、かなりの腕だ。身のこなしで分かるよ」
ティボーは言って、カレヴィが傍らに置いた剣に目をやった。
「おま……君も、相当の手練れと見受けた」
「はは、美人に褒められると照れるね」
カレヴィが褒めた途端、ティボーは顔を緩ませ、照れ臭そうに頭を掻いている。
その様を見たカレヴィは、先刻まで彼に感じていた凄みのようなものは錯覚だったのかと、
カレヴィは、呪いを解除するという目的は伏せつつ、自分たちは魔法都市ルミナスへ向かう途中だが、盗難に遭い路銀の多くを失ったと話した。
「ここバイーアから海路で直接ルミナスへ向かうには金がかかる。だから、冒険者として依頼をこなしながら、陸路でルミナスから最も近い港へ移動することを考えている」
「それは大変だねぇ。ここから陸路でルミナスに近い港へ行くには、山脈を迂回して遠回りになったり、野盗などが出る治安の良くない場所を通らざるを得ないからね」
ティボーは
「よし、僕たちも、ルミナスまで同行するよ。それなら、女の子二人だけよりは安心だろう。なに、こちらは元々あてのない旅をしていたところだ。気にしないでくれたまえ」
彼の突然の申し出に、リーゼルは目を丸くしたが、カレヴィもまた、驚きを隠せなかった。
と、それまで苦虫を嚙み潰したような顔で沈黙していたイリヤが、口を開いた。
「おい、女とは組まないって言っていただろう」
「しかし、話を聞いた以上、放っておけないだろう?」
「いい加減、理解しろよ。お前の、そういうとこが、厄介ごとを呼ぶって。この間、一緒に組んだ女に報酬の大部分を持ち逃げされたばかりじゃないか」
「彼女たちは、そんなことをする子じゃないと思う……」
「だ~か~ら! お前の人を見る目はアテにならないって証明されてるだろうが。嘘っぱちの身の上話に騙されたのに、また同じ目に遭いたいのか?」
いつしか、ティボーとイリヤはカレヴィたちを
大雑把そうなティボーに対し、イリヤは理屈っぽい性格らしい。見る間にティボーの旗色が悪くなり、彼は決まり悪そうに首を
「あ、あの、カレヴィが話したことは嘘っぱちなんかじゃありません」
リーゼルが、おずおずと口を挟んだ。
「少なくとも、私たちは他人を騙してお金を貰おうなんて思っていません。そうよね、カレヴィ」
「その通りだ」
リーゼルに見つめられ、カレヴィは頷いた。そして、彼の中に一つの考えが生まれた。
「私は、この二人に手を貸してもらえたなら非常に助かると思う」
カレヴィの言葉を聞いて、塩漬けの野菜の如く
「そっちの赤毛……ティボーに悪意などないのは話していて理解した。それと、イリヤといったか、彼が『女とは組まない』と言っているところから、
リーゼルが、カレヴィの言葉を聞いて首を傾げた。
「女と組めないというのが『信用できない』という理由からであれば、我々に君たちを騙す意図がないということで、それは解消できると思うが」
そう言ってカレヴィが見つめると、イリヤは少し恥ずかしそうな様子で目を逸らした。
「……ティボーが、あんたを『腕が立つ』と言うなら本当なんだろうが、そっちのリーゼルって子は、どうなんだ? 俺たちは、何もできない女を連れ歩くほどの余裕はないぞ」
イリヤが、ぼそぼそと言うのを聞いて、リーゼルが口を開いた。
「私は、魔法の心得があります。得意なのは地水火風の属性魔法で、上級教本まで習得済みです。治癒魔法も、初級までは何とか……」
「上級教本?」
リーゼルの言葉に、イリヤは眼鏡の奥の琥珀色の目を見開いた。
「その若さで凄いな。俺は、治癒魔法は得意だが、攻撃に使えそうな魔法はからきしなんだ」
リーゼルとイリヤは魔法について話し始めたが、魔法の素養がないカレヴィには、二人の言っていることは半分も理解できなかった。
それでも、互いの警戒心は徐々に解けてきている様子だ。
「イリヤ、どうやら大丈夫そうだね」
「ふ、ふん、たしかに、こんな世間知らずそうな子を放っておいたら、悪い奴らに取って食われちまうだろうからな。分かった、お前の意見を聞いてやるさ」
ティボーが笑うと、イリヤは肩を竦めた。
少しは希望の光が見えてきたような気がして、カレヴィはリーゼルと微笑み合った。
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