第13話 生きているだけで面倒だ
冒険者が溜まり場にしているという「狼の牙亭」を探して、カレヴィとリーゼルは「
大通りから離れた裏路地は、昼間だというのに、どこか薄暗く、見るからにごみごみとしている。
加えて、行き交う男たちがあからさまに向けてくる
「ちょっと、誰に断って商売してるんだい。ここは、あたしらの縄張りだよ」
不意に聞こえた女の声が、自分たちに向けられたものであるとカレヴィが気付くまで、少しの時間を要した。
声のしたほうへ目を向けると、腕組みをした一人の女と、その後ろに取り巻きらしき二人の女たちが
三人とも年の頃は二十代後半というところだろう、どぎつい化粧と露出の多い服装ゆえか、カレヴィの目には品のない女たちと映った。
「商売?」
「誤魔化そうったって無駄だよ。昼間から、こんなところを女だけで歩いてるなんて、あたしらと同じ商売してるんだろ?」
「どこから来たのか知らないけど、あんたらみたいなのがいたら、商売上がったりなんだよ。男どもは清純そうな女に弱いからねぇ。」
女たちの言葉に、カレヴィは初めて自分とリーゼルが街娼と間違われていることに気付いた。
「我々は……」
彼が言いかけた時、いつの間にか近付いてきていた中年男が声をかけてきた。
「へぇ、新しい子かい。こんな上玉が外で商売なんて勿体ないな。なんなら、知り合いの娼館に口を利いてやろうか。俺には儲けの何割かを渡してくれればいいぜ」
派手な柄と
中年男は、にやにやと笑いながら、カレヴィとリーゼルを品定めするように眺め回した。
リーゼルが、カレヴィの服の端を握り締めながら後退りした。男の
「だから我々は街娼ではないと言っている。口利きも要らん」
カレヴィはリーゼルの肩を抱くようにして、街娼の女たちと派手な中年男の前から足早に離れた。
――もしかして、女だというだけで生きていくのが面倒なものになるというのか……男だった時には考えたこともなかったが。
「カレヴィ、さっきの人たちって、何を言っていたの?」
リーゼルが、不安げにカレヴィの顔を見上げた。
「ああ……女だけで歩いているからといって街娼に間違われるとは、たしかに、この辺りは治安が良くないようだな」
カレヴィの言葉に、リーゼルは一瞬きょとんとした後、その意味が分かったらしく、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
更に歩くと、「狼の牙亭」と書かれた小さな看板を掲げている、古びた
入り口の小さな自在扉を押し開け、カレヴィとリーゼルは「狼の牙亭」へ入った。
カウンターやテーブルに着いて酒を飲んでいた客たちの目が、一斉に二人へ注がれる。
狭い店内は酒と煙草の匂いに満ちており、そのどちらとも縁遠い暮らしをしてきたカレヴィは、
リーゼルは緊張した面持ちで、おずおずと周囲を見回している。
冒険者の溜まり場になっているという酒場に来てみたものの、実際に仕事を探すのは、カレヴィにとっても初めてのことだ。
とりあえず、情報を得ようと、カレヴィはリーゼルと共に空いているカウンター席へ腰かけた。
カウンターの向こうでは、主人らしき髭面の男がグラスを磨いている。
「少々尋ねたいことがあるのだが」
カレヴィが声をかけると、主人は顔を上げた。
「ここは酒場だ。まずは、何か注文しな」
無愛想に言うと、主人は再びグラスを磨き始めた。
彼の言うことも尤もだと、カレヴィは
「ここで『冒険者』として仕事を探したいのだが、どうすればいい?」
「そこの掲示板に、依頼の内容と依頼者の名が書かれた紙が貼ってあるだろう。それを見て、条件の合いそうな仕事を探しな」
主人はカレヴィから麦酒の代金を受け取ると、傍の壁に掲げてあるコルク製の掲示板を顎で指し示した。
たしかに、細かい字で依頼内容が書かれていると思しき紙が、何枚も鋲で留められている。
「言っとくが、うちは場所を提供してるだけで、どんな内容の依頼だろうが依頼者が誰だろうが責任は負わない。いざこざが起きても、自分たちで何とかしてくれ」
「……承知した」
主人の言葉に頷いて、カレヴィは手にした
――国に仕える剣士だった頃は、上からの命令で戦っていればよかったが、何もかも自分でやるのは思った以上に骨が折れるな。
「あそこを見れば、どんな依頼があるか分かるのね。カレヴィ、掲示板を見てみましょう」
リーゼルに促されたカレヴィは、席を立ち、彼女と共に掲示板を見てみることにした。
鋲で留められた依頼書には、港での荷運び人や店の用心棒といった内容が書かれている。
「目的地の近くに向かう者の護衛など、そう都合のいい依頼はないか……」
と、カレヴィは背後に人が立つ気配を感じ、反射的に振り向いた。
「よう、お嬢ちゃんたち、仕事を探してるのかい?」
そこに立っていたのは、三人の男だった。腰に下げた剣や革製の軽鎧に着古した外套が、如何にも冒険者といった雰囲気だ。
人相もさることながら、揃いも揃って、ぼさぼさの髪と無精髭のお陰で余計に胡散臭く見える。心は男のままであるカレヴィから見ても、お近づきになりたいと思えるような者たちではない。
「いい仕事があるから、紹介してやるよ」
男の一人が、リーゼルの肩を掴んだ。突然のことに思考が追い付かなかったのか、彼女は身動きもできず、ただ目を見開いている。
「彼女に触るな!」
その様を目にしたカレヴィは頭に血が昇り、思わず男の手を払いのけた。
「威勢のいいお嬢ちゃんだなぁ、そういうの嫌いじゃないぜ」
別の男が、酒臭い息を吐きながらカレヴィの身体を嘗め回すように見つめた。
カレヴィは、ちらりと店内を見たが、店の主人も、他の客たちも、見て見ぬふりを決め込んでいる。
――なるほど、いざこざは自分で何とかしろということか。女だというだけで、本当に面倒くさいものだな。こいつら、見たところ大した腕ではない……叩きのめしてしまおうか。
カレヴィが身構えようとした、その時。
「君たち、またやってるのかい? 懲りないねぇ」
自在扉が
一人は長身の男、もう一人の男は中肉中背というところだ。
「美しい花や宝石は、丁重に扱いたまえ。ああ、そもそも君たちには相応しくないか」
長身の男が、そう言って爽やかな微笑みを浮かべた。
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