第6話ー② カメよ、さらば

 マザコンを暴露ばくろしてくれたおかげで、俺は、いくぶん、渋川に親近感シンパシーを覚えることができた。

 ふと、渋川が、俺の部屋の壁ぎわに作られた飼育棚に目を止めた。

「あれ、こいつミヤマクワガタじゃん。9月の終わりなのに、まだ生きてんの? すげえ」

 おまけに、俺の十代目ミヤマーズに食いついてきた。


「オオクワガタもいるけど」

「まじ?」

 渋川の目が、光にかしたビー玉みたいに、丸くかがやいた。

「見るか?」

 やれやれ、しかたがないな。

 気色の悪いラインのびかもしれないが、せっかく家まで来てくれたんだ。もてなしてやるとするか。


「なあ、明日の体育祭、来るのか?」

 一通り、おつな時間を過ごしたあとで、すっかりくつろいで俺のベッドにこしかけた渋川が聞いてきた。


 勉強椅子に座っていた俺は、渋川を見た。

 クッションを抱きかかえているせいで、でかい背中が丸まっている。

 まるでヒョウモンガメだ。


「そう言えば、第2部のほうの動画をもらってない。『賜物』、撮らなかったのか?」

「あるよ。同時に撮った。本当は土曜日に送ってた」

 あの大量の『りくとがメッセージの送信を取り消しました』群の中に、入っていたらしい。

「ふうん」

「でも、別に……」


「おまえの母さん、体育祭は見に来る派だろ?」

「まあ、その予定だ」

 いくぶん恥ずかしそうに顔を赤らめて、体育祭実行委員にして、蒼龍そうりゅうチーム応援団員の渋川は答えた。


 ヒョウモンガメが赤面したところで、別になんとも思わないので、俺はさくっと尋ねた。

順延日じゅんえんびでも来るのか?」


 学校行事というものは、やむをえない事情で延期になる場合がある。そのために、予備日が設定されている。

「いちおう休み取ってるって、言ってたかな」

 何が、「かな」だ。白々しいな。


 ばあちゃんの声が、耳の奥に響いた。

「……英ちゃんが毎日、うちでダンスの練習して、『ばあちゃん、ぜったい来てよ』なんて言うんだもの。両手に紙花かみばなを持っておどるんだって。かわいいに決まってる」


 そうだな、渋川しぶかわ陸翔りくと

 俺も、おまえも、きっと一生懸命なんだ。

 自分のためだけじゃなく、大切なだれかのために、一生懸命、頑張るんだ。


「第2部もすぐ送れ」

「けど、もう9時前だぞ。言っちゃあなんだけど、おまえって運動音t、おわっ」

 俺は、マンボウ型のクッションを渋川に投げつけた。


「やかましい。体育祭は、明日じゃない。9月25日の木曜日に開催だ。二日ある。猛特訓するから、おまえもつき合え」

「はあ? おまえ、まさか、学校に、にせの爆破予告かなんか出して、延期にするつもりじゃないだろうな」

 ぎくりとして、俺は渋川に言った。

「ソンナコト、スルワケナイダロウ」

「なんで片言かたことなんだよ」

 渋川が、俺をうさんくさそうににらむ。


「ふつうに、雨天順延だ」

 俺は堂々と言った。

「明日の降水確率は0パーセントだ、ばか。いいよ、元気なら来いよ。失敗したって、もう、文句なんか言わねえよ」

 渋川がやれやれとため息をつく。


「それでも、雨は、降るんだよ、渋川」

 俺はほほえんだ。

「はいはい、せいぜい、雨の神様にでも祈ってろって」

「ああ。たったいま、そうした。雨を降らせてくれって。水神の使いのカメに、心の底から、俺は願ったんだ」

 

 最後に会って、話をしたかったけれど、ミッシーは姿を見せなかった。

 ただ、かすかに、

「叶えよう」

 水面みなもを揺らすそよ風のような声が、俺にはたしかに聞こえたのだった。



――――――――――――――――――――――

〘脚注〙『賜物』


日本のロックバンド・RADWIMPSによる楽曲

2025年4月リリース







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