体育祭、バクハツしろ。

・みすみ・

第0話 ミナミイシガメ(仮)

「体育祭、バクハツしろ」

「それが、おまえの望みかぇ?」

 目の前の、カメがしゃべった。


 ひとまず、世界の常識を確認してみよう。

 カメである。

 高校のビオトープのわきにいた、カメである。

 ぱっと見で、ミナミイシガメではないかと推測していたのだが、確定はできない。ミナミイシガメ(仮)である。

 

 カメはしゃべるだろうか。

 いな


 ミナミイシガメはしゃべるだろうか。

 いな


 では、ミナミイシガメ(仮)ならば、どうか。

 即答そくとうけ、俺は深呼吸する。


 不測ふそく事態じたい遭遇そうぐうした場合、まずは、落ちつかねばならぬ、と、ばあちゃんが言っていた。

 俺はばあちゃん子だ。ばあちゃんの教えにしたがおう。


 すると、俺の脳内モニターには三つの選択肢せんたくしが現れた。


①疲れからくる幻聴げんちょうである。すみやかに帰宅し、休むべし。

②不確定である。確定させるために、会話を続行すべし。

③どちらでもいい。君子くんしあやうきに近寄らず。逃げろ!


「③だぁっ!」

 早押しの要領ようりょうで、俺は右手を架空かくうのピンポンスイッチにたたきつけ、叫んだ。

「なにが、③なんじゃ?」

「しまった、声にだしていた」

 俺は結果として、②を選び、現場離脱げんじょうりだつにしくじった。


「えーと、カメさん」

 ならば、いたしかたない。

 俺はミナミイシガメ(仮)と会話することにした。

「うむ、少年よ、さきほどは感謝する。おまえのおかげで助かったぞ」

 ミナミイシガメ(仮)は、長い首を下に垂らした。頭を下げているつもりらしい。



「さきほどというのは、ひっくり返った体を元に戻したことか。でも、自力でも起き上がれたろ?」

 足元でカメがもがいていたので、助け起こしたが、通常、カメという生き物は、自力で起き上がることができる。起き上がれないのは、ウミガメや、一部の大型のりくガメだけだ。


「その前じゃ。ほのぼのと日光浴を楽しんでいたわしを見つけた心ない男子生徒たちが、『カメじゃん』、『うける』なぞと言いながらつま先で転がし、つつき回しおったのよ。そこへおまえさんが現れての。『やべ、あいつ、たしか生物部だぜ』、『ワンチャン飼育してんじゃん?』、『げ、こいつ、じゃあ、備品て感じ?』『てか、動物愛護法どうぶつあいごほうとかひっかかる系?』、『内申点ないしんてんやばい系』と、遁走とんそうしたわけよ」


 ミナミイシガメ(仮)は、芸達者げいたっしゃだった。

 いちいち声音こわねを変えて説明してくれたおかげで、だいたいのことはわかった。


「いやはや、寡聞かぶんにして知らなんだが、生物部の威光いこうというのは、すごいものじゃのう」

「別にそんなことはないよ」

 謙遜けんそんではなく、事実である。


 俺が生物部だと知っていたとすると、生物室のならびで活動している化学部か物理部あたりの生徒が、たまたまいたのかもしれない。

 この場に俺が近づく前に、立ち去った男子生徒は3人いたが、遠目とおめだったため、だれだかわからなかった。


「さて、わしを助けてくれた礼がしたい。ため息をつきながら言うておったが、体育祭を爆発させれば良いのかの?」


 ミナミイシガメ(仮)は、まったく表情のわからない、は虫類そのものの顔をして、さらりと、たずねた。



――――――――――――――――――――――

〘脚注〙ミナミイシガメ


カメ目イシガメ科

中国南部、台湾、ベトナム、琉球列島、本州の一部に分布

雑食性

河川、池沼、水田等に生息

夜間に動き回ることが多い



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