(考えてみてくださいシリーズ1)喫煙者と性犯罪者に人権の無い国

@ju-n-ko

第1話 前編

 今日オレは犯罪者になった。


 ……

 いや、なんで?


 オレが1番わからない。


 コロナ禍を過ごし、世の中にリモートワークという働き方も生まれ、それでも朝の電車はすし詰めだ。

 小柄な女性なら、足が浮いてしまうほどギュウギュウなこともある。


 これこそ、逆の意味で男への差別と思うのだが、世の中には女性専用車両がある。

 

 触られたくないならそっちへ行け。

 男女が共にいれば、そういうことはアリなのだ。

 

 そんな格好してるからだと、こちらが開いて直りたいくらいな露出度の高い女がいる。

 制服というだけでそそられる男もいる。

 電車の中でしか盛り上がらない特殊な奴だっているはずだ。


 ……

 いや、オレはこのどれでもないよ。


 変に誤解されぬため、両手をあげてつり革につかまるくらいは用心している。


 この日、オレの前にはOLらしい女性がいた。


 混んでいるからな。

 体はピッタリ密着するが、これはオレのせいじゃないよ(役得役得)。


 手はあげているから大丈夫だ。

 身長差から、意識しなくても胸元が見える。


 あー、いい匂いがする……


 クンカクンカ鼻を鳴らしていたのが悪かったのかもしれない。

 頭の中は妄想大爆発だったし。


 だから、

 「止めてください‼」と彼女が叫んだ時、自分のこととは思わなかった。


 「この人痴漢です‼」と指をさされ、驚いてつり革から手が離れてしまう(無罪証明×)。


 「馬鹿野郎‼俺、両手あげてただろう‼」

 叫んでも、後の祭り。


 彼女の尻のあたりから、慌てたように引っ込む毛深い男の掌が見えた。


     ☆     ☆     ☆

 

 駅の派出所に連れていかれた。


 会社にはすきを見て電話、体調不良で有給にしてもらったから、とりあえずの面倒は避けられたはずだ。


 ただ、この警察官ども、

 「お前が触ったんだろう‼」

 「ムラムラきちゃったんだろう、わかるよ。」

 と、居丈高か、寄り添う形か違うだけで、決めつけて絶対譲らねえ。


 「違います。」

 と、何度言ったところで話が進まん。


 「お前、よく思い出せ‼オレの手がどこにあったか⁉」


 警察官には「恫喝するな」と怒られたが、少し離れた場所に見えた被害者(オレからすれば加害者だ)に声を荒げた。


 だからたぶん、1番最初に間違いに気が付いたのはこの女だ。


 「▽△さんから示談でいいと。

 1万でいいと言っています。」


 触り賃、取ることにしやがった、あの女(触ってねえ‼)。


 結局謎の熊男の触り賃、1万円なりを肩代わりする。

 それが1番早かったからそうした。


 ただ、間違いだった。


 派出所の奥の部屋に連れていかれ、

 「先月から施行された法律でね。性犯罪者にはこれ打つんだ。」

 と、医官らしい白衣が持ってきたのは、銀色に輝く薬剤入りの注射器だ。


 「これを打てば、1年間『性犯罪者発見アプリ』に反応することになる。

 ああ、性犯罪者にも人権はあるから、半径200メートル以内に危険人物がいるかいないか、しか表示されない。」


 「普通の人にとってのお守りみたいなもんだ。」


 「何もしなけりゃ1年で消えるからさ。」


 「協力を。」


 ……

 マジでぇ⁉


     ☆     ☆     ☆


 翌朝家族の朝食時、

 「嫌だぁ‼お姉ちゃん、また変態が引っ越してきたよ‼」

 「嘘⁉あー、本当だ、1人増えてる‼」

 

 娘達が騒いでいる。


 長女17歳、高校2年。

 次女15歳、中学3年だ。


 ちなみにオレ、45歳。

 一応王手企業の万年係長。

 東京なら格好いいが、その周辺にある都市の、中古マンションを買って住んでいる。

 一国一城の主。


 そして、そのアプリに反応しているのが、目の前の父親とは思わないだろうよ、娘よ。


 『性犯罪者発見アプリ』は人権云々議論はあったが、幼女をターゲットとした事件が偶然立て続けに起こり、そのままなし崩しに実現した。

 半径200メートル以内のおぼろげな情報だから、人間の特定には至らないとはいえ……


 「嫌な世の中ねえ。」

 と、大分ボンキュッボンじゃなく、ボンボンボンになり果てた妻、44歳もスマホを見ていた。


 いや、娘達には必要だけど、お前には必要ないんじゃない?

 変態君にも選ぶ権利があると思うが……


 そんなこと怖いから言えない。


 「どら?」

 知らないふりでスマホを覗く。


 マンションを中心に半径200メートル圏内に、10個以上点があった。


 1つはオレだけどね。

 いや、多いな、そういう人‼


 「これ、課金すると半径100メートルに出来るらしいよ。」


 余計なことを‼(魂の叫び)


     ☆     ☆     ☆


 会社に行ったら、女子社員達が騒いでいる。


 「また点が増えたわよ。」

 「物騒な世の中ね。」


 いや、物騒なのはお前らだよ。


 って言うか、バードウオッチャーか!?


 覗いたアプリ、点だらけじゃん‼


     ☆     ☆     ☆


 休憩時間、席を立った。


 愛妻弁当という名の、節約強要弁当なら食った。


 一服するためだ。


 最近の若い子はタバコを吸わない。


 最初からタバコが高いためか?

 青春の気の迷いも、青春の興味本位も発動しない。


 オレは昭和生まれだからね。

 ノースモーク・ノーライフ。


 喫煙所に歩いていくと、

 「あ?」

 そうだった、と思い出す。


 喫煙所、撤去されたんだ。


 健康意識の高まりと、防災上の観点から、屋内禁煙になったんだった。


 火事の危険と言われると言い返せないが、しかし我が社には社食があり、そこでは調理も行われている。


 あれか?

 プロが扱う火はOKだが、素人が扱う火(タバコ)はダメなのか!?


 健康云々、余計なお世話。

 副流煙の心配ならば、喫煙所で吸う限り、喫煙者同士で消費出来る。


 え?

 言葉がおかしい?


 ニコチン切れでイライラしてさ。


 こういう時はコンビニに行く。


 商売だからね。

 コンビニには喫煙所がある。


 自分の会社内で何とか出来ず、社員がコンビニに迷惑をかけている方がみっともないと思う。

 まあ、社員証は外すけど。

 コーヒーの1本も買いますけど。


 「嫌だわ。また点が増えた。」


 ここにもバードウォッチャーがいた。

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