8.魔晶石の報告

 王宮へ着くと、私は一時的に護衛の任を離れ、兄の元へ向かった。前室で順番待ちをしている騎士や文官は皆書類を持って緊張した面持ちだった。

 兄は、武力もあるし、魔法も出来るし、頭もいいのだ。副官という立場上、どうしても団長の補佐として書類仕事が多くなるのだとぼやいていた。

 

 五人ほどいたので、しばらくかかるかと思ったが、入って出てくるまでの時間が驚くほど短い。何事かと思ったら、まさかの二人体制だった。

「ルーカス!」

「やあ、セラ」

 婚約者のルーカスが、レナード兄様の補佐をしていた。

「婚約者殿に対する俺からの気遣いだ」

「こき使われただけに思いますが」

「ルーカスは文官としてもやっていけると、俺が保証しているんだよ……それで? どうだ、学園生活は。たまに届く手紙ではずいぶんと楽しそうだが」

 そう言って執務机から立ち上がると、私とルーカスをローテーブルへ促す。

 自分は棚に置いてあった水差しからポットへ水を入れて、手をかざして湯を沸かす。繊細な魔法を使うことの出来る兄だからこそ、可能な技だ。

 紅茶と、棚の上にあったお菓子の皿を運び、私の隣に座った。


「姫様は楽しそうでいらっしゃいますよ。学業も順調ですし、その、風魔法も私と一緒に学んでいらっしゃいます」

「今年度の新入生の代は、魔法も使える騎士が多そうだという話はすでに耳に入っている。お前をねじ込んだツケがこれで少しでも払えたらいいのだが」

「グレイドル先生からその話は私も聞きました」

「同時に、魔法使いと思えぬ本人が魔法と言い張るモノを認めるわけにはいかないという声もあった」

 んん? どういうことだ?

 私が首を傾げていると、兄様は真っ直ぐストレートをルーカスに向けて打ち出す仕草をする。

「なんでも、拳に炎を纏わせたとか」

「ああ! 風も成功しました! ……魔法ですよね? 火が出ていたし、いくら私でも遠くの的をずたずたにするようなことは出来ません」

「風圧でなぎ倒すことは出来ていましたから、そこに火や風の魔法が相乗効果で現れたということでしょうかね」

 ルーカスの分析にレナード兄様は何度も頷いた。


「遠くの的くらい、風圧で倒せますよね? 兄様もやってらっしゃったし」

「そう、だな」

 兄様は歯切れ悪く答え、ルーカスは生ぬるい笑みを浮かべていた。


「お父様やハドリー兄様のように複数の的は狙えません。さすがに」

「うん、さすがに」

「そうだね、さすがに」

 お兄様とルーカスが繰り返す。

 軽い咳払いのあと、まあそれはいい。他には? と問われ、馬の話を始める。今日の本題だ。


「魔晶石の流れを調べねばならないな。先生方がセラを通して私に伝えたのは、政治介入を嫌ったか……どこまで告げて調べ始めるかよくよく考えねばならないな」

「魔晶石と言えば、第二騎士団が先日発見されたモノの回収業務にあたっていましたが、あちらにはアランタ王国との境の領地に属する者が多いですね」

「アランタ……」

 アランタ。うーん、セラフィーナの辞書に載ってない。興味なかったな、これ。ただ、私は王女の護衛になる際、覚えることは覚え尽くした。アランタ王族の流れを汲む公爵家の娘が、新入生としていたはずだ。

「兄様、私、政治には疎いのですが」

「セラが国の関係図をはっきりわかっていたら驚きだよ」

「騎士団の個人武力のランク付けは確実に把握しているけどね」

 それは、大切なことですね。


「アランタ王国はイクターラバ王国とはどのような関係でありたいと思ってらっしゃるのですか?」

「……国々は表面上和平を保っている。その中でも我が国は魔法に長けた者が多く、魔晶石を使った魔道具をいくつも生み出している。そこで、各国の貴賓が我が国で魔法を、魔道具を学びたいと願うことは多い。イクターラバ王国の軍は一騎当千と言われるとても強い軍事力を持つ。彼の国と友好的な関係を結んでおきたいと思うのは当然のことだ」

「魔晶石の産出量が一番多い我が国を疎むところが多いのも事実ですね」

 ううん。付け焼き刃の知識では知り得なかったところもある。例えば、魔晶石の産出量とか。当たり前すぎてなんだろうな。


「つまり、魔法国家である我が国と、強力な軍事力のあるイクターラバが手を結ぶことをよく思っていない国は多数あると言うことですね」

「そうだな……セラとこのような会話が出来るとは思いもよらなかった」

「皆がそう思っていたことは、私にそこら辺の情報が一切回ってきていないことでわかっています」

 これは、私の落ち度といえるだろう。まあ、筋肉担当だったんだろうなぁ……。


「兄様、国内と国外の要注意人物とか、教えていただけません? 出来れば資料としてまとめて欲しいです」

「紙に残すのは危険だから、教えて欲しいのなら今ここでだな」

 覚え切れるかなぁ……。


「キーワードをメモするのは?」

「セラがメモしたキーワードを見たら、事情をある程度知ってるヤツならわかってしまうだろう」

 ルーカスのご指摘ごもっとも。

「……王女の護衛としても知っていた方がいいと思うので教えてください。ただ、ちょっとその前に許可をいただきたく。魔道工学のマキナ先生の講座にお誘いいただいたんですが、ちょっともう余裕がなくて。先生が休日も研究室に生徒は来るし、そこで授業をしてもいいよと言ってくださったのです」

「サイモン・マキナか。それで?」

「休日は王女様は王宮に戻られます。なので、その日は馬車にお送りするまで任務を務め、そのあと学園に残って先生の研究室に行くことは可能でしょうか?」


「魔道工学か……護衛としては、そこまで必要なものではないが、興味か?」

「そうですね、授業が面白かったのはあります」

「面白かった……」

 いちいち驚きたくなる気持ちはわかるよ、ルーカス。ほんっっと、学生時代は迷惑かけた!!


「ただ、魔晶石のこともあります」

「馬への影響だな。まあ、その話を持ってきたマキナは信用できるか……」

「むしろ、王宮から調べに来た調査員は少しも気付かなかったのか、と。御者へ渡した者がいるとすれば、王宮内に何かあると睨むべきかと」

「わかった。手配しよう。王女を迎えに行く馬車に護衛をつけ、送る前に魔鳩を飛ばす。そうすれば門で交代もスムーズになるだろう」

「お兄様ありがとうございます」



 その後兄から気をつけるべきメンバーを順番に詰め込まれ、知識ゼロのところへの名前の羅列に、こぼれ落ちる寸前。両耳を押さえたい気分のまま、ルーカスとともに部屋を辞した。

「本当になんかごめんね、ルーカス」

「ん? 何が?」

 ずっとしっかり謝りたかったのだが、なかなか機会が取れなかった。今がチャンスだ。

「もう少し早くこの状態になっていたら、ルーカスはもっと自分の時間が取れたんだよね。私に勉強を教えるのに使った労力が、なんというか、申し訳なくて」

 武方面に関しての知識はがっつりあるから、絶対セラフィーナの地頭は悪くないと思うのだ。もう少し、もう、ちょっとだけ、興味を持っていたら。

「いや、教えて覚えた分も……」

「ホントに!?」

 基礎の基礎だよ? 人に教えると理解度が深まるとかいうレベルの状態じゃなかったよ。


「いやまあその……俺は、セラと一緒にいられたからまあ……」


 お、おお!?

 横を向いたルーカス、耳が赤い!?

 これはなんというか、うん。


「私もルーカスと一緒で楽しかったよ」

 笑顔も付けておくと、彼の首筋まで真っ赤に染まった。

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