第3話 試練
いつものように、詩乃は学校から帰ると、ランドセルを自分の部屋に運んだ。
宿題を終え、ふとミケのいるはずだったソファに目をやると、そこにミケの姿はなかった。
「ミケ……?」
リビングのソファに置いたつもりだったミケは居なくなっていた……
詩乃は 小さな声で呼びかけ、ソファの周りを探した……いない。
ソファの下、クッションの隙間、テーブルの上。どこにもミケは見当たらない。
心臓がドキドキと音を立て始めた。
まさか、どこかに落としてきてしまったのだろうか?
でも、今日は一日、ずっと家にいたはず。
「お母さん!ミケ知らない?」
詩乃は慌てて台所にいるお母さんに尋ねた。
お母さんは少し困った顔で言った。
「ミケ?見てないわよ。
詩乃がどこかに置いたんじゃないの?」
「そんなはずない!いつも一緒にいるのに…」
詩乃の声は震えていた。
おばあちゃんの形見であるミケを失くすなんて、考えたくもなかった。
部屋に戻り、詩乃は自分の部屋中を探し始めた。ベッドの下、机の引き出し、おもちゃ箱の中。隅々まで探しても、ミケは見つからない。不安が津波のように押し寄せてきて、詩乃は立っていられなくなった。
床に座り込み、詩乃は両手で顔を覆った。
ミケがいない。
もうあの優しい感触も温かい目も見ることができないのかと思うと、涙が溢れてきた。
その時、ふと昨日のことを思い出した。
奏太と公園の秘密の丘に行った帰り道、少し雨が降りそうになったので、急いで帰った。
もしかしたら、あの時、どこかに落としてしまったのかもしれない。
いてもたってもいられず、詩乃は家を飛び出した。
雨上がりの公園は地面が少し濡れていた。
秘密の丘へと続く道を、詩乃は必死に走った。
「ミケ!ミケ!」
小さな声で何度も呼びかけながら、草むらや木の根元を探した。
けれど、ミケの姿は見当たらない。
焦りと不安で、詩乃の息は上がった。
その時、丘の上で見慣れた後ろ姿を見つけた。奏太だ。
「奏太!」
詩乃は声をかけた。
奏太は振り返り、詩乃の慌てた様子に気づいた。
「どうしたの、詩乃ちゃん? 何かあった?」
「ミケがいなくなっちゃったの!
もしかしたら昨日、この辺りで落としたのかもしれないと思って……」
詩乃は涙声で言った。
奏太はすぐに事態を理解し、「一緒に探そう」と言ってくれた。
二人は手分けして、丘の周りの草むらや茂みを丁寧に探した。
太陽は西に傾き始め、あたりは少しずつ暗くなってきた。
詩乃の心は焦りと絶望でいっぱいだった。
もし、本当に見つからなかったらどうしよう。
もう二度と、おばあちゃんの温もりを感じることができないなんて……。
探している途中、詩乃は何度もくじけそうになっていた。
「やっぱり、もう見つからないかもしれない…」と
そんな時、奏太はいつも励ましてくれた。
「諦めないで探そう。
きっと、何処かにいるはずだよ」
奏太の言葉に支えられ、詩乃はもう一度、力を振り絞って探し続けた。
その時、茂みの奥で何か茶色いものが目に入った。
「あっ!」
詩乃は駆け寄った。
それは、泥で少し汚れてはいたけれど、間違いなくミケだった……片方の耳が少し折れ曲がっている。
「ミケ!」
詩乃は ミケを抱き上げ、強く抱きしめた。
温かい感触が、詩乃の心にじんわりと広がっていく。
失って初めて、ミケが自分にとってどれほど大切な存在だったかを、詩乃は改めて気付いた。
「見つかったんだね!良かった!」
奏太も自分のことのように喜んでくれた。
詩乃はミケを抱きしめながら、奏太に心から感謝した。
「ありがとう、奏太。一人だったら、きっと諦めてた」
ミケを見つけた喜びと、奏太の優しさに触れたことで詩乃の心には、今まで感じたことのない温かい気持ちが広がっていた。
ミケは確かに大切な存在だけれど、それと同じくらい、いや、それ以上に側で支えてくれる友達の存在も大切なんだ。
詩乃は、ミケをしっかりと抱きしめながら、そう思った。
そして、少しだけミケに頼りすぎずに、自分の力で前に進んでいきたいという気持ちが芽生え始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます