第8話閑話休題 『静かなる陽だまりにて』

午後の陽がまどろむ、花壇の奥。

かつて激しい争いが繰り広げられた庭の一角に、争いの影は届かない。

そこは雑草ですら立ち入らぬ、まるで草たちの“楽園”。


「今日も陽射しがご機嫌ようございますこと…」

しとやかに葉を揺らす白詰草。

その柔らかな緑のドレスには、露がまだ残っている。


「…草生えますわぁ」

「それはあなた、わたくしたちのことをおっしゃって?」

「ええもちろん!だってわたくし、今日も絶好調ですのよ~!」

テンション高く綿毛を舞い上げながら、タンポポがころころ転がって登場。

どこから来たのかは不明。だが確かに、空気が一段賑やかになる。


「……またお前か」

ピンと立った松の苗が、まるでため息のように風を受けて小さく揺れた。

「拙者の修行の場に、やかましい風を持ち込まないでいただきたい…」


「修行って何してるんですの?」

「…己を伸ばすこと。それ以外、拙者には無用の問いでござる」

「えーつまんなーい。そうやって堅苦しいから、虫にも人気ないんですわよ」


「うっ……!」

地味に傷ついた松の苗。言葉には出さないが、少しだけ背筋(?)が曲がった。


「まあまあ、お二人とも落ち着きましてよ。せっかくの日和でございますもの」

白詰草が両者の間にそっと茎を差し伸べる。

風が吹けば一緒にそよぎ、雨が降れば一緒に濡れる――そんな調和を愛する草の所作。


「ってか、あれ見ました?昨日、遠くの花壇で見かけたんですのよ…あの、黒いの」

「黒い……?」

「根がね、黒っぽかったのよ。たぶん…ナガミヒナゲシ」


風がぴたりと止まった。


「――それが本当なら……この平穏も、長くは続かぬかもしれぬな」

松の苗が小さく呟く。


「また戦が……?いやですわ、わたくし、争いごとは苦手なのに」

白詰草が不安げに葉をすぼめた。


「ふふっ、戦?そういう時こそ、私の綿毛部隊の出番では?」

タンポポが笑うが、その笑みはどこか張り詰めていた。


「……拙者、いざという時のため、鍛錬を欠かさぬ」

「わたくしは……戦場には出ませんわ。けれど、花壇を護ることなら」


「みんなさあ、草なのに語彙力あってずるいですのよ」

タンポポがころころと転がって、みんなの間を跳ね回る。

その姿を見て、松の苗も白詰草も、ふっと表情を和らげた。


「ふふっ。…たかが草、されど草ですわね」


――花壇の片隅。

何も起きない、平穏なひととき。

けれど、その小さな陽だまりの中にも、それぞれの矜持がある。

草たちには草たちの、守りたいものがあるのだ。


そしてこの静寂の先で、クラピアとナガミヒナゲシという嵐が、静かに息を潜めていた――。


《閑話休題 陽だまり草語り:タンポポ・白詰草・松の苗》

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