第9話『福袋と地雷と、新年の火種』
——元旦。
まだ夜も明けきらぬうちから、6ペリカは台所に立ち、お雑煮の支度を手早く済ませた。
「よし。後は任せた!」と家族に言い残し、早朝の空気を切り裂くように家を飛び出す。
向かう先は、毎年恒例の“ガーデニング福袋”を販売するホームセンター。
朝早く並ばねば手に入らないその福袋は、土いじりを生きがいとする者たちにとってまさに“初夢”。
そして6ペリカにとっては、日々の草むしりという小さな戦争の、貴重な戦力補充の場でもあった。
「ふふふ……今年は当たり引けるかな」
福袋を手に入れた6ペリカは、除草剤コーナーにも目を光らせる。
グリホサート系、自然由来成分配合、根までしっかり枯らす速効タイプ。
その目は真剣そのもので、周囲の客からは少し距離を取られていた。
帰宅後、福袋を開封した6ペリカの目が止まったのは、白いタグが付いた一つの苗だった。
「……え?」
手に取ると、そこには「強健グリーンカバー(多年草)」の文字。
——葉の形状、広がるランナー。あの侵略的な勢い。
6ペリカの脳裏に、数年前の“緑の悪夢”がよぎる。
(まさか……クラピア……?)
過去に道端で拾った切れ端を何気なく植えたところ、
数週間で庭を飲み込むほど繁殖し、駐車場のアスファルトの隙間すら埋め尽くした“あの存在”。
今回は「福袋の当たり」としてやってきたのだ。
「これは……試されてる……のか?」
翌日。新年二日目。
パットンは会社の新年会に参加していた。
陽気な声が飛び交う中、同僚の一人がふと彼に小さな鉢を差し出した。
「奥さん、花好きだったよね? ウチで増えすぎて困っててさ、良かったら」
鉢には、繊細な花弁をゆらゆらと揺らすオレンジの花が咲いていた。
ナガミヒナゲシ——本来ならば春に花を咲かせるはずのそれは、温暖な気候のせいか、
小さな一輪だけ先走ったように開いていた。
「……なんか、儚げで綺麗だな」
パットンはその花に、なぜか妙な心を揺さぶられた。
6ペリカとは違う、“静かで危うい”魅力。
彼はそれを受け取り、帰宅後、こっそり庭の花壇の隅に置いた。
——その日の午後。
6ペリカは花壇の端に、“あの苗”を植えていた。
気温はまだ低い。霜が降りる夜もある。
けれど今年は記録的な暖冬と天気予報が告げていた。
「今なら……まだ、大丈夫……だよね?」
地中に根を下ろしたクラピアは、まるで「フッ」と笑ったかのようにランナーをゆるやかに広げた。
まだ、誰も気づかない。
けれど確実に、静かに、その“侵略”は始まっていた。
そして、反対側の花壇の隅——ナガミヒナゲシの鉢もまた、陽を浴びてゆらゆらと揺れていた。
二つの侵略種。
それぞれが、それぞれの意思を持って、庭の秩序に揺さぶりをかけようとしていた。
無垢な笑顔の裏に潜む、破壊の衝動。
華やかな色彩の下に忍ばせた、静かな狂気。
“庭”という戦場は、また新たなフェーズに突入する。
それは、まだ誰も知らない——
この年の“終わり”を決定づける、決定的な火種となることを。
《第8話 福袋と地雷と、新年の火種》
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