第27話 ただいま
精神リンク試験が終わった——その瞬間、レイヴンは試験室を飛び出していた。
意識の底で見たもの。過去。後悔。そして、今の家族の顔。
伝えなければならない。
自分がまた背を向けたまま終わってしまう前に。今度こそ、壊れかけたものを壊さずに済ませたい。
「……セレス、ユウト、ノア!」
レイヴンは寮の敷地を駆けた。
一人一人の名前を呼びながら、建物の裏手、中庭、屋上と目を凝らす。
*
最初に見つけたのは、セレスだった。
屋上。風が吹き抜ける空の下、彼女は手すりに背を預け、遠くを見ていた。
レイヴンが近づく気配に、セレスはわずかに顔を背けた。
「……私、いない方がいいんじゃないかって思ったの」
それは、風に紛れるような小さな声だった。けれど、その言葉にはずっと押し込めていた本音が滲んでいた。
「誰かの“母親”になろうとして……でも、誰の心にも届いてなかった。結局、誰かと比べてしまう」
「私がいたから、ぎくしゃくしたのかもしれない。昔も今も……だったら、もう——」
「やめろ」
レイヴンの声が、静かに、けれど確かにその言葉を遮った。
「そうやって、自分を悪者にするな。君が欠けてもいけないんだ」
セレスの肩が、かすかに揺れる。
「ギクシャクしてもいい。でも、それは“いらない”って意味じゃない。……俺には、お前が必要だ」
しばらくの沈黙のあと、レイヴンは続けた。
「……もし、再編になったら——俺はここを出ようと思ってる」
セレスが顔を上げた。
「え……?」
「この制度の中で、正しさとか適正とか、もう分からなくなった。だから俺は、自分で選びたいんだ」
その目はまっすぐに彼女を見ていた。
「もしよければ……俺について来てくれないか?」
セレスは、信じられないというように目を見開いた。
「……でも、あなたは実力が認められているのよ。上は、あなたに期待してる。残れば、もっと良い場所に——」
レイヴンは首を振った。
「そんなことは関係ない。俺は“君と、家族と一緒にいたい”。それだけだ」
風が吹き、彼の言葉はまるで誓いのように屋上に響いた。
「できることなら、ユウトやノアとも一緒に居たい。……誰かに決められるんじゃなくて、自分たちで選んだ“家族”といたいんだ」
セレスはその言葉に、唇をきゅっと噛んだ。
そして、小さく、けれど確かにうなずいた。
「……そんなこと、言われたら……断れるわけないじゃない」
——そのときだった。
小さな足音が、屋上の階段を駆け上がってきた。
「私も行く……!」
その声は、か細くもはっきりしていた。扉が開かれ、ノアが勢いよく飛び出してくる。
「私も……一緒に行きたい……!」
風に髪をなびかせながら、ノアはレイヴンの元へ駆け寄り、勢いそのままに彼の胸元にしがみついた。
その腕は決して離れない。
「レイヴンと……セレスと……ユウトと……みんなと、ずっと一緒がいいよ……!」
感情があふれたように、ノアの頬を涙が伝う。
「一人が怖いんじゃない。離れるのがイヤ。わたし、みんなと一緒にいたい。いたいの、ずっと……!」
何度も、何度も繰り返しながら、ノアはレイヴンの服にしがみついた。
レイヴンは、ゆっくりとその小さな背を抱きとめた。
「……ああ。俺もだ。さぁ、みんなでユウトを探しに行こう」
その瞬間、風が少しだけ、あたたかくなった気がした。
*
中庭。誰もいない場所で、ユウトはひとり、魔力の糸を張る練習をしていた。
「ユウト」
声をかけると、ユウトは手を止め、ふり返る。三人の晴れやかな姿を見た彼は悟った。
「……父さん」
その声には怒りも照れもなかった。ただ、確かな“つながり”があった。
「誰が悪いとか、何が正しいとか、正直もう自分は分からない。でも、ひとつだけ言える。自分は、この“今の家族”が大切だ」
レイヴンは言葉を選ばず、正直な気持ちを吐き出した。
「ノアの静けさは、誰よりも繊細な優しさだ。セレスの比べ癖は、家族のことを本気で考えてる証拠だ。お前の真っ直ぐさは、きっと家族の背中を押せる」
ユウトの目がわずかに揺れた。
「それは自分の前の家族、大切な家族に似てた。だから怖かった。自分の一言が家族を崩壊させたらと不安だった。でも——今は違う。もう迷わない」
レイヴンはゆっくりと息を吐いた。
「……もし、再編になったら——俺はここを出ようと思ってる。みんな、ついて来てくれないか」
ユウトは、ぐっと唇を噛みしめてうなずいた。
*
その日の夕方。
久しぶりに、食卓に四人がそろった。
言葉はなかった。
けれど、何かが確かに変わっていた。
ユウトが苦笑しながら言う。
「ごめん。俺……張り切りすぎてた。うまくやろうとすればするほど、空回ってた。俺、もっと、みんなの話を聞けてたらよかったのにな」
セレスも、ゆっくりと口を開いた。
「私も……怖かったの。みんなから置いていかれるのが。だから、つい比べて……自分の居場所を確かめようとしてた」
レイヴンは静かに立ち上がる。
「……俺は、ただ、言いたかったんだ」
言葉は短くて、でもすべてだった。
「ただいま、って。一人残された部屋では言えないから」
ノアが、俯いたままぽつりと呟いた。
「……おかえり」
その言葉に、他の三人もゆっくりと、微笑んだ。
まだ不安はある。
まだ制度の影も消えていない。
けれど、今日この日から。
この四人は、“家族”として、また一歩を踏み出していた。
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