第2話 リヴィエラとレイヴン
真っ暗な世界に、ただ白い光だけがあった。
冷たくも、温かくもない。不思議な静けさに満ちた空間。その中心に、榊原剛志は一人、佇んでいた。
足元に床はなく、天井もない。上下左右の概念が失われたかのような白の中で、彼は自分の存在をやっと保っていた。
「……ここは……」
声を出したつもりだったが、響かない。代わりに、空間そのものが淡く脈打つように揺れた。
そして次の瞬間、眩い光が剛志の目の前に浮かび上がる。
人の形をしたそれは、淡いドレスのような衣をまとい、銀色の髪を風もない空間でなびかせていた。
「ようこそ、榊原剛志さん」
声、姿ともに女性だった。
その声は優しく、どこか哀しみを含んでいる。だが同時に、厳かさと意志の強さを感じさせた。
「あなたは今、命の縁の狭間にいます」
剛志は、自分の手を見下ろす。
確かに形はあるが、重さがない。
「俺は……死んだのか?」
「いいえ。まだ“選べる”状態にあります」
彼女はにこやかに微笑みながら、ゆっくりと足元に降り立つ。
空間に波紋のようなものが広がり、彼の立つ場所に確かな“床”の感触が生まれた。
「私はリヴィエラ。世界と世界の橋渡しを司る存在です」
「女神、ってやつか……?」
「そう呼ばれることもありますね」
リヴィエラは、静かに剛志の前に手を差し出した。
「あなたには、もう一度“家族”というものと向き合っていただきたいのです」
「……無理だよ」
即答だった。
剛志は視線を逸らす。
「俺は……家族を守るどころか、失った。誰も俺には、ついてこなかった。俺にはその資格なんてないんだ」
「資格ではありません。意志です」
女神の声は変わらず穏やかだった。
「あなたがまだ“誰かと繋がりたい”と願うのであれば、その手を差し出せばいい。それが、あなたの始まりとなるのです」
「繋がりたい……」
剛志はその言葉を、ゆっくりと胸の内で反芻した。繋がるということが、こんなにも怖い。
自分がもう一度誰かに失望されるのではないかという恐れが、喉元を締め付ける。
(でも——)
(今度は、失わないように選べるだろうか)
剛志は、女神の手を見つめた。
恐怖、後悔、自嘲。そのすべてが心の中で渦巻いていた。それでも、その手には何も求めるものがないことだけは分かった。
ゆっくりと手を伸ばす。
その瞬間、女神はふわりと微笑んだ。
「あなたの新しい名は、レイヴン」
「……レイヴン……?」
「はい。黒き翼を持つ者。静かに見守り、影に寄り添い、誰かを導く者」
「それが……俺、なのか?」
「これから、そうなっていくのです」
彼女の手が確かに温もりを伝えた瞬間、白い空間に眩い光が弾けた。
その輝きの中で、榊原剛志——新たな名を授かった“レイヴン”の物語が、静かに幕を開けた。
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