第29話 できない理由を教える

「今こそ恩に報いるとき」

「貸してない」

「手伝わせてください!」

「ダメだ」

「なんだってやるわよ?」

「イイヤ結構」


 俺は食い下がるチヴェッタ達をあしらいながら戦車に道具を詰め込んだ。

 

「幸せ者だぁこんなにアンタを信頼してる。何が不満なんだ?不思議でならない」

「何もかもだ」


 本当のことを言うと、クヴィークが俺の計画を台無しにしたこと以外、それほど不満はない。

 ここまで俺を慕ってくれる奴はベトナム以来だ。そりゃ気分はいいさ。

 

「ここまでご苦労、後は俺一人で十分だ」

「あぁそう」


 俺は戦車に乗り込む前に6つ数えて答えが変わらないか確かめた。それからどう動くか想像した。 

 

「どうしてボクたちじゃダメなんスか!」


 チヴェッタのその声が俺の思考の邪魔をした。

 振り返れば、そこには全く納得していない顔が3つは並んでるんだろう。

 アイツらの気持ちは想像できる。あの朝、俺も同じだった。仲間を助けられないって無力感は人生で最悪の感覚だ。

 でもだからこそ、コイツらは置いて行かなきゃならない。

 本当の意味でその感覚を味わうことになったら頭がクソッタレになっちまう、永遠に。

 

「話してやったらどうだ?時間、あるんだろう?」


 クヴィークは焚火弄りに戻ると、木の枝を拾ってマシュマロを焼き始めた。

 説明か、その必要はありそうだ。 

 簡単な話、どうしてさっきの戦いでフレディはエリッシュを戦車から降ろさなかったのかってこと。それはエリッシュがただジッとしてるような奴じゃないからだ。

 コイツらも同じ、放っといたら必ず問題を起こす。

 主人公のピンチに仲間が颯爽と駆けつける。感動的だ。冗談じゃない。

 それで、どう何を話せばコイツらをおとなしくさせれるのか。

 俺はちょっとしたシチュエーションを用意して本物の感覚を一つ、教育してやることにした。

 

「俺を手伝う。意味わかってんのか?」

「サーイエッサー」


 戦車から離れて俺が聞くとチヴェッタはスグに返事をした。


「金持ちの家に乗り込むんだ。強盗と同じ、警備が黙ってるはずない」

「サーイエッサー」


 チヴェッタの返事は変わらなかった。


「警備を撃てるのかって、聞いてるんだぜ?」

「……サーイエッサー」


 俺が拳銃を差し出すとチヴェッタは僅かに間を開けたが、受け取った。コイツは銃が何かは想像できるようだ。


「お前らは?」


 俺は残りの二人にもさっき買った拳銃を差し出して聞いた。


「で、できるわ!」

「望むところだ。利己主義者に一泡吹かせてやる」

「威勢がいいな」


 プフェーアトは銃を受け取ると、それをじっと見た。コイツを説得するのは簡単そうだ。

 ルーヴは銃を受け取ると俺と目を合わせた。コイツは何だかんだ戦ったことがありそうだ。単独での説得は難しい。 

 俺はそれぞれ一人ずつ丁寧にオートの使い方を教え、弾の入ったマガジンを渡して装填させた。


「んじゃ殺してもらおうか」

「エ⁉何を?」

「何って?目を瞑って、頭に思い浮かんだ的を撃つ。簡単だろ?」


 俺はそう言ってチヴェッタ達を横に並ばせて構えさせ、俺の声がどっちから聞こえてるか分かりにくくなるよう戦車のエンジンを掛けてペンダントラジオも渡した。


「目閉じる前に、まず一発撃ってみろ。引き金を引くだけでいい。俺が撃てと言ったら撃て」

「サーイエッサー」

「わかったわ」

「よし……撃て」


 バンと鳴って弾が出た。

 チヴェッタとルーヴは特に驚くわけでもなく、そのまま真っすぐ前を見たままだった。

 プフェーアトは若干音にビクつきこそしたが銃を撃てないことはなさそうだ。

 クヴィークは相変わらずマシュマロをあぶっていた。

 

「次は目を瞑って、的はそうだな……警備の兵隊にしよう。距離は7メートルだ。想像しろ?真っ赤なズボンに、濃い緑のジャケット。腕には紺白星の腕章、銃剣付き単発ライフル、こっちに銃を向けてる」

「……」

「撃て」


 俺が言うとチヴェッタ達は引き金を引いた。

 プフェーアトは反応が少し遅れた。案外一番想像力があるのがコイツなのかもしれない。


「次だ。3メートル先に警備がいる。まだ気づいてない。背中がガラ空きだ……見えたか?」

「サーイエッサー」

「撃て」


 チヴェッタ達は撃った。これが想像力の限界だ。

 ルーヴとプフェーアトに渡した銃は弾を撃ちきりスライドが下がったまま止まった。


「最後の的だ。2メートル先、おんなじ警備の兵隊」


 俺はさっき用意した西側の兵隊の服に着替えた。

 それからチヴェッタ達の銃口を指で押して一点を狙わせ、チヴェッタが構える銃の前に立った。


「構えろ、よく狙え。さぁ目を開けて」


 射線に俺を見つけるとルーヴは少し間をおいて銃を下ろした。 

 プフェーアトは慌てて手を滑らし銃を落とした。

 チヴェッタは目をまん丸に見開き銃を構えたまま瞳孔をキュッと縮めた。

 

「思ったのと違うだろ?」


 俺はチヴェッタの瞳孔を覗いて言った。


「想像の中の兵隊ってのは、なんていうか、曖昧だ……唯一まともに思い浮かぶのは、そいつの制服で、でもそれじゃ人形と変わらない。だからそいつはまだ誰でもないんだ」


 俺は一歩近づいて銃のフレームを人差し指で少し押し上げて銃口を俺の顎に向けさせた。


「けど実際に銃を向けると、目に映るのは、顔。怯えてる、怒り、何がどうなってるのかわかってない間抜けな、とにかくハッキリ見える。そいつが誰かだってすぐ分かる。だから撃てない」


 チヴェッタは力が抜けたように銃をだらりと下ろした。

 その時、銃を落とさないように強く握ったのか指が引き金に触れバンと鳴って弾が土をえぐった。


「気をつけろよ?本物なんだから」

「いい度胸してんな」

「見直したか?」

「あぁ、確信した。あんたはバカだ」

「あっそ」


 俺はチヴェッタから銃を受け取り残りの2丁も回収した。

 

「……着替えてたんスね」

「視野が狭くなるんだ。周りが見えなくなる」


 俺は銃のスライドを戻して戦車の上に並べた。


「お前らは臆病者じゃない。勇気がある。ここに来た。そう気を落とすなよ、俺だって最初はそうだったんだ。お前と同じだったんだ」


 それどころか俺は構えることすらできなかった。俺はさっきまで寝転がってたやつが銃をもって立ち上がるのを見てた。もしタウンゼントがそいつをライフルでぶん殴ってなかったらどうなってたか。


「映画みたいなのがおかしいんだ。俺たちは普通だったんだ」


 映画では敵は降伏しないし、敵は怯えないし、クソも漏らさない。バカみたいに不利なのにちゃんと襲ってくる。真面目な顔してちゃんと戦てる。それにしっかり全員一切合切クソッタレで、同情の余地がない。そういうのは爽快感の邪魔になる。


「できなくていいんだ。戦いってのは別にこういうことだけじゃないだろ?」


 そもそも俺は戦うつもりはない。必要ならそうなる前に撃つ。一方的だ。少人数戦では捕虜なんて捕ってられない。そう決まったらもう戦いじゃないんだ。魔法防御の硬い警官相手ならなおさらだ。


「もし撃ててもろくなことない。お前は、お前が死ぬことを決めた奴が実際に死んでいくまでの間、目を離せない。そいつはどんな目で俺たちを見るんだろうな?」


 敵を一撃で潰すのはテクニックがいる。憎くもない奴のそんなのを見ちまったら、もう元には戻れない。想像を絶して逃げることはできない。何もかもクソッタレになっちまう、台無しだ。


「それがプフェーアトだったら、チヴェッタだたらどうだ?クソッタレだ!そんなエンディング、見たくないだろ?な?」


 これは人間が永遠を知れるたった一つのクソッタレな方法の中で一番最悪なパターンだ。永遠の無力感。二度とごめんだ。


「なぁチヴェッタ、お前はそんなとこにプフェとルーを連れてきたいのか?なぁルーヴ、お前は?プフェーアト、お前は?」


 俺は横一列に並んだ三人の間をグルグル歩き回りながら話て、俺を追う視線がそれぞれをとらえるように誘導した。


「お前らは仲間への、隣に立ってる奴への責任を果たせ」


 チヴェッタたちは何も言い返しては来なかった、少なくとも俺の言いたいことは分かってくれたようだった。

 俺はクヴィークからマシュマロ付きの枝を奪って食った。


「あっツッ!まぁ俺は大丈夫だ。それほどピンチじゃない。こういうのは何回もやった。しかも片手で。お前らのは気持ちか、それか金なら受け取っておく」


 そう、三回だよ。三回もやった。もちろん全部成功した。最後に俺は死んだが。

 

「分かったらもう帰れ、帰って俺が生き残るよう祈れ。それで十分だ」


 分かったって顔してる。十分だろう。

 あとは帰りの一歩を踏み出させるだけだ。

 黒頭巾に街まで案内させようか。

 クヴィークでもいいか。


「説明終わり?」


 次を考えているとクヴィークが言った。

 二回頷いてやると、

 

「なら始めよう。作戦会議だ」


 とチヴェッタ達を見て手招きした。


「バカなの?お前さ、俺はいい流れを作ってたの」

「バカじゃない。バカには他人がバカに見えるんだってな。何やってるか分かんないから」

「ふざけんな。んじゃなんなの?」

「想像してみろ」

「あ?」

「偵察、見張り、情報交換。全部でアクションするつもりか?」

「……ああ」

「視野が狭くなるんだ。周りが見えなくなる」

「イケ好かない野郎だ。俺を真似しやがる」

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