第28話 追い返す
俺はポルテンに見送られ店の裏口から出た。
フと空を見上げると、まだ日は沈んでいなかったが星はいくつか見えた。
それから俺はガス灯が光り始めた騒がしい表通りに出て、オオカミの噴水のある広場で閣下に頼んでおいた荷物を受け取った。
「帰るか」
俺が呟いてキャンプに帰ろうと振り返ると、少し先の通りに見覚えのある3人組が見えた。チヴェッタ、バカでかいリュックを背負ったチビ。プフェーアト、服と合わない魔女みたいなトンガリ帽子の小弓使い。ルーヴ、フルプレートアーマーを着込んだフレディよりでかい騎士みたいなヤツ。
アイツらは信頼できる。実力も、まぁ十分だ。作戦には数がいた方がいいってことも分かってる。
でもダメだ。考えるのもバカバカしい。アイツらをトイレットペーパーにするのは間違ってる。一度でもクソを拭っちまったら二度と元には戻れない。
俺は足先を90度反転させて別の道を行こうとし、
「軍曹!」
気づかれてチヴェッタが駆けてきた。
なんで?50メートルはあった。
「カッコいい服っスね。これからどっかいくんスか?」
「うん。あの変な服よりずっといいわ」
「キマってるだろ?流行りらしい。ほんとはこれ着てパーティーの予定だったんだけど、キャンセルになっちまって」
俺はチヴェッタとプフェーアトにポーズを決めてスーツを自慢した。
「それは残念だったわね」
「そういえば軍曹、外で何があったか見ました?」
「外って?あぁ」
「貴公、もしや戦いを見たのか?」
戦いと聞いてルーヴは目の色を変えた。兜で目は見えないが動きで分かる。
「お前らは見なかったのか?」
「あたしたちは避難の手伝いで忙しかったからそんな暇なかったわ」
「偉いじゃないか」
「一応市民の義務っスから。そんなことより見たんスか?」
「是非知りたい」
「いや、俺も忙しくてな。よく見えなかった」
「そっかぁ。見たかったなぁ」
思い違いだったか。あの丘にいたのはコイツらじゃなかった。
「……映画で上等だろ?」
「映画は実際とは異なる」
「実際の戦いなんて面白いもんはなんも転がってないぞ?」
「そうなんスか?」
「まぁ今回のはとびきりだったけどな」
「やはり見たのか?どのようなものだったか話してくれないか?」
「また今度な」
「サーイエッサー」
「まだ覚えてたのか。おっと!もう時間だ。そろそろ行かないと」
「具体的にはいつ話してもらえるのだろうか?」
俺が戻ろうとするとルーヴはそう言った。
多分コイツらと話すことはもうないだろう。作戦がうまくいっても俺達はこれまで通りとはいかない。俺はやり方を選べるほど強くはない。
「そうだな……よし、3日後にデカい蛇をヤル事になったっんだが、ちょうど荷物持ちを探しててな、お前らも来るか?」
俺はショーウィンドーにあった蛇皮のバックを見て適当な嘘をみつくろった。
「サー!イエッサー!」
「じゃ明日サルーンでな。そこで聞かせてやる。楽しみにしてろ」
「分かった。それじゃ明日ね!」
「あぁ、じゃあな」
何やら談笑しながら去っていく三人の背中が見えなくなってから俺は歩き出した。キャンプに戻るとクヴィークは焚き火をいじっていた。
「お行儀よく待てたみたいだな」
「どうだった?」
「見ろよ」
俺が言うといつの間にか後ろにいた黒頭巾は抱えていた荷物を地面に置いた。
「トモダチは?」
クヴィークはその荷物には目もくれず、俺の目を見て言った。
「声掛けてみたけどな。話すと怖気づいちまって、まったく薄情なもんだぜ」
「ふーん」
「まっ、捕まったら吊るされる、お前も降りるか?」
「降りても、吊るされる気がする」
「んならさっさと始めよう」
「それがいい。屋敷に乗り込むようなハデ派手お友達救出作戦でも、5人もいれば十分だ」
クヴィークは木にもたれて少し声を大きくした。
「勝手に、呼んだのか?」
「アンタが連れてきたんだろ?」
振り返ってクヴィークが眺める方を見るとチヴェッタ達が歩いてきていた。
「……俺は呼んでない。適当に追い返すから何も喋るなよ?」
俺はクヴィークに釘を刺して、いつも通りを装ってチヴェッタ達に手を振った。
「どうした?今日はもう遅い」
「軍曹、屋敷に乗り込むってどういうことッスか?」
「屋敷?なんで知ってる?」
「あたし耳が良いの、今話してたじゃない」
プフェーアトはそういうと頭に手を当ててウサギの耳をジェスチャーした。
クヴィークめ、こいつの耳がいいこと知ってたな。
「盗み聞きはよくないな」
「聞こえるんだもん。しょうがないじゃない」
「軍曹、もし困ってるなら話してください」
嘘を考えるのも楽じゃないんだ。全く勘のいい奴の相手は疲れる。
「まぁ、話すか……実はな、困ってるってほどじゃないんだが。蛇の話、俺の早とちりだたみたいで。どうもそいつが貴族のペットらしくてな、ヤるんじゃなくて捕まえろって言うもんだからどうしようかって。お前らなんかいい方法ある?」
「それじゃ救出するのって蛇なの?」
「んあぁ、しかも豪邸の地下水道にいる。見通しが悪い。他になんだと思ったんだ?」
「なんだ、様子が変っていうからてっきり何かあったのかと思った。ルーとチヴェの思い過ごしみたいね」
感がいいのはこっちの二人か。
「そりゃ今日の俺は昨日よりカッコいいからな、当たり前だ」
「いや、そんなことはない」
「そんな!俺カッコよくない?」
「失礼、そうではない」
「ん?」
「臭いが違う」
「新品の香り」
「人は時の心情によって体臭が変化する。先ほども今も、この前とは違う。緊張の臭いがする」
「んなことわかるのか?」
「鼻がいいので」
ルーヴは尖った兜の先端を撫でた。
臭いで分かるってどういうことだ。犬じゃあるまいし。魔法なのか。
「そうか、ってことは俺がさっきまで何やってたかもお見通しってわけだ」
「いや。まさか!」
ルーブは戦車に目をやると数歩近づいて臭いを確かめた。
「鉛と、火薬の。もしや貴公!戦いに参加していたのか?」
「そうだ」
「敵を撃滅したのか?」
「んなことするわけないだろ?脅かして追っ払っただけだ」
ルーヴの興味は話を逸らすのに丁度よさそうだ。
「あれ?でも軍曹、見てないって言ってたッスよね?」
「俺は弾を込める役割だからな、中にいたら、忙しくて、見えない。だろ?」
「ぁあ!なるほど!」
「まだ風呂入ってないし、それでいつもと違うんだろ」
「そういうことか」
「そういことだ。問題解決?」
「そうね」
「よし、んじゃ今日はもう帰って寝ろ。いや、やっぱり寝る前に蛇どうにかする方法考えて、明日教えろ」
「それじゃ明日ね!」
「あぁ、じゃあな」
俺は手を振ってチヴェッタたちに背を向けた。
だが背後の気配は遠のかなかった。
「帰らないのか?」
「軍曹、最後に一つ訊いていいッスか?」
「最後だぞ」
「……この前は”またな”って言ってくれたのに、どうしてさっきは”じゃあな”って言ったんスか?」
「なんだ、耳と鼻の次は勘か?」
「……」
チヴェッタ、こいつ初めから気づいてたな。
そうなってくると、もっとまともな嘘がいる。気づきかけてるやつにカスリもしない嘘をつくと確信しちまう。
多分、俺が言い間違えたのは頭の何処かでもう会わないと思っていたからだ。チヴェッタはそれに気づいた。となると、こいつが知ってるのは、何か理由があってもう会えないかもしれないってこと。
他には、ちょっと前の会話をプフェーアトが聞いてどこまで共有したか。
「バレちゃしょうがない。蛇の話はさっき考えた。蛇なんていない……」
「先ほどの戦いが関係するのか?」
俺がさりげなく戦車に目を向けるといい具合にルーヴが話を進めてくれた。
「勘がいいな。そういうことだ。さっきの仕事でしくじっちまって。閣下が怒りまくってる……臭うだろ?」
「確かに、ここに立ち寄ったようだ」
「それで、すぐに行かなきゃならない。出てかないと吊るされる。見ろよ、見張りまでついてる」
俺は木の上に隠れていた黒頭巾を指さした。
「総統先生がホントにそんなこと言ったの?」
「あぁカンカンだ」
「じゃああたし達が言っといてあげる。今月の講義中止じゃなくなったの。だから明日、総統先生に会うからその時に」
「そんなんで、どうにかなんのか?政治だぜ?」
「そもそも総統先生は失敗に怒る人じゃないわ。きっと何かの勘違い」
「だといいけど。俺たちはひとまず隣のツヴィーバックに行く。数日そこにいるから上手くいったら手紙でもよこしてくれ」
「大丈夫よ、安心して。絶対うまくいくわ」
自信満々のプフェーアトとそれなりに納得したルーヴはこれで何とかなっただろう。あとはチヴェッタだ。
「そうガッカリすんなよ、な?よくあることだ」
「そんなもんッスかね」
「悪かった。俺は見送りが好きじゃないんだ」
「そうじゃなくて、失敗したから出てけって酷くないッスか?」
「失敗の中身がなぁ、フレディも参考人になっちまったし。簡単に言うと――」
「もっと簡単に言うと――」
クヴィークは俺の隣に立つと被せるように始めて、事実を喋りまくった。
何もかも台無しだ。
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