第24話 戦場跡を眺める

戦闘態勢解除Stand down、よくやった』


 砲手席からフレディが戦いを終わらせた。

 エンジンの回転数が落ち、タウンゼントがガラガラっと走行レバーを手前に引くと戦車の中は静かになった。

 フレディは噛んでいたガムを包み紙に吐き出すと丸めてポケットにしまった。それから肩を回し魔法望遠鏡をエリッシュに預けた。

 望遠鏡を受け取ったエリッシュは椅子に座り、それを膝の上に置くと満足そうにフレディの背中に微笑んだ。

 勝ったと思うと疲れがドッとくる。さっきまで弾を込めまくってた腕が鉛みたいに重い。俺は畳んであった椅子を出してケツを預け、耳栓を捨てた。

 一息つくと臭いが気になった。戦車の中は発射ガスで酷い臭いだった。喉にクる。


「ちょっと蓋開けていいか?」


 俺が床に転がった薬莢を片付けながら訊くと、


「あぁ、換気ついでに誰かいないか確認してくれ」


 とフレディは答えた。

 すぐにハッチを開け放って頭だけ出すと外も臭かった。

 黒色火薬の燃え残りと、他にも色々。土の臭いとか。

 鼻を抓んで見渡すと戦いが始まる前はチャチなりにも大砲や機関銃だったものが一つ残らず、木っ端微塵になっていた。何一つ無傷のものはない。

 全部グチャグチャだ。


「こいつぁ……フーバーだ」


 俺は思わず呟いた。

 何がすごいかって、ありえないほど静かなんだ。

 普通、こういう敵を潰したきゃ簡単で、戦車で並んでありったけの榴弾をブチ込んでやればいい。それで終わりだ。

 そうすると大体、三分の一くらい死んだところで降伏する。

 後に残るのは運良く生き残った奴と、運良く一瞬で死んだ奴、後これから死ぬ奴。他には、そいつらと榴弾の破片でクソッタレに飾られた対戦車砲とか。とにかく何もかもがクソッタレになっちまう。

 だから普通はこうならない。そんな場所が静かなはずない。

 でもここは静かだ。それに何より、あのクソッタレな髪の毛も燃える臭いがしない。

 俺からは外が見えなかったから、何をどうやったらこうなるのか全くわからない。

 後で話を聞こう。

 

「面白いものでもあるのか?」

 

 俺が感心しているとフレディが催促してきた。そういえば辺りを確認しろって言ってたか。


「アレ貸せよ」


 いつの間にかハッチから完全に身を乗り出していた俺は、砲塔の天板を叩いて言った。叩いたところで音はしないが。

 すると隣のハッチからエリッシュが顔を出してスーパースコープ、別の呼び名は魔法望遠鏡を差し出した。

 それを使って、改めて見る。スコープのモードを切り替えても誰もいなかった。

 

「誰もいませんね」


 エリッシュは俺より早く呟いた。

 相変わらずいい目だ。

 

「まだ誰か残っているか?」


 中に戻るとタウンゼントが俺に訊いた。


「いいや、アイテムだけだ」


 俺が答えてやるとタウンゼントは運転席から身を乗り出して隣の席の無線機をいじった。

 確か戦闘が終わったら街の兵隊に連絡することになってた気がする。多分、作戦会議でそう言ってたので間違いない。

 俺がそれを横目にまたハッチを開けると、


「もう暫くしたら警察隊が警戒を引き継ぐ、それまで待て。アイテムに足はないだろ?」


 顔を出す前に止められた。 

 俺は席に戻った。

 戦いが終わったら何をするか。戦利品の回収、当たり前のことだ。

 正直、一回逃げ散らかした奴等が戻ってくるとは思えないが今は暫くまとう。

 車内は静かだった。 

 打電と戦果を帳面に書き留める音だけが聞こえる。

 俺は暇だし早速どう戦ったか訊いてみようかと思ったが、今はやめておくことにした。

 フレディは必ず作戦の内容を書き留める。まずはこうして車内で書いて、それから外も見に行くはず。

 いつも通りだ。

 ただ、今はボールペンが帳面をなぞる音がいつもより軽快に聞こえる。これはいつも通りじゃない。気分がいいんだろうな。

 だから邪魔しないことにした。それだけのことだ。

 暫くして。


「ほ?街から誰か来ます。警察の人みたいです」


 エリッシュが言った。

 ハッチは閉まってるし外からは風の音もしない。エリッシュは第六感でもあるみたに気配に鋭い。魔法の力らしい。

 とりあえずまた頭の上のハッチを開けて街の方を見ると、丘の頂上、さっきまで俺たちがいた場所に旗を掲げた大男と制服の警察隊がいた。ほんとに出てくるとはな。

 

「こいよ!」


 俺が手で招くとトルピードは部隊を大勢引き連れて戦車に駆け寄ってきた。思ったより足が速い。

 トルピードはさっきと違い王様って服から街の兵隊と同じ服に着替えていた。


「よくやった。ここはワシが引き継ぐぞ?」


 トルピードは俺を見上げて言った。

 それが聞こえたのか、隣のハッチが開いてフレディが顔を出した。連中の視線が集まった。


「トルピード総統」


 フレディは戦車を降りると、トルピードの前に立った。

 それから地図を広げてアレコレ説明して、地図をトルピードの隣にいた兵隊に渡した。

 トルピードはそれを満足そうに頷きながら聞いていた。


「貴公、随分と古臭い戦いをするのだな」

「香りだけではないでしょう。お気に召しませんか?」

「ハッハッハッ!皮肉ではない。見事な戦いであった。これは大変なことなのだぞ?」


 どっから見てたんだ。時計塔にでも上ったのか。

 トルピードは一呼吸おいて続けた。


「ワシは貴公を誤解しておったようだ。許せ、先ほどは貴公がこれほどまでに闘争を心得ておるとは思わなんだ」

「僕だけであったなら、ご覧の結果にはならなかったでしょう。一人では何もできなかった」

「結果として成したではないか。それでよいのだ。誇りたまえ、ワシが許す」


 トルピードはそう言ってフレディの肩をガシガシと叩くと次に俺を見上げた。


「なんだよ」

「口を挟まぬのだな」

「今は、こっちが主人公だ」

「アッハッハッハ!言うではないか!」


 トルピードはひとしきり俺を笑った後、棒に巻き付けて畳んでいた旗を広げた。

 それから「ワシに続け!」と部隊に号令し、そいつらを引き連れてワラワラと森に入っていった。捕虜にできそうな奴がいないか探すようだ、が。

 トルピードはほとんど丸腰で拳銃すら持っていない。警察隊はほとんどがライフルを握ってるが銃剣がない。誰か弾をはじく魔法でも使えるのか。撃ち返されないとは思うが、ちょっと心配になる。

 まぁでも、なんかあるんだろ。

 俺が戦車を降りるとエリッシュも一緒に降りてきた。


「ありがとう……また治してあげますからね」


 エリッシュは戦車の正面に回ると優しく装甲を撫でながら呟いた。

 俺も正面に回ってみると、なかなかの有様だった。

 さっきまで新車同然だった戦車の正面は銀色の鳥のクソをぶつけたみたいに鉛かすだらけ、ヘッドライトの片方はひしゃげ、クラクションは千切れてどっかに行った。 

 外がこの有様でも中身は無傷だった。

 確かにコイツにも感謝しないとな。


「宝探しはやめなのか?」


 俺が戦車を眺めているとフレディが言った。


「お前は?いつもの調査はしないんですか、大尉殿?」

「今日はいいんだ」


 俺がからかうとフレディは腰に手を当て満足気に手帳を仕舞った。

 そうしてちょっと辺りを見渡して、俺の隣に立った。


「どう思う?」


 俺が聞くと、


「満足だ」


 俺の目を見てそう答えた。 

 やっとまともな目に戻ったように思えた。ずっと死んだ魚みたいな目だった。会った時からそうだったから知らないが、多分これが本来の目なんだろう。


「君はどう思うエランド?」

「フッ、お前は天才だ」

「聞いたかエリッシュ、天才だ」

「はい、フレディは天才です」


 いつの間にか寄ってきていたエリッシュもフレディの隣に並んだ。


「それでも一人ではできなかった。ありがとう」

「それがチームだ。な?」

「はい。それがチームです」

「お前もそう思うだろ?」


 戦車に聞くとタウンゼントが操縦席から顔を出した。アイツは何も言わなかったが小さく頷いたように見えた。


「やっぱり。ちょっと見てみようかな。せっかくの奇跡だし。分析しないと」

「大尉殿?」

「大丈夫だ。丘の上からちょっと見渡すだけ。少し一人で、考える時間が必要なんだ」

「ぁあそう」

「先に戦車をキャンプに戻しておいてくれるか?」

「やっとく」


 俺が答えるとフレディはそう言って抱えたヘルメットを叩いて歌いながら戦車の轍をたどって丘へ歩いていった。

 なんでアメリカ野砲隊じゃなくて英国擲弾兵なのか。まぁご機嫌なら何でもいいか。

 あいつも気分がいいと歌うんだな。


「あの、私もちょっと用事が……」

「ん?あぁ行って来い」


 俺が手で払うとエリッシュも街へ歩いていった。

 多分便所だろう。戦いの後ってのはそういうものだ。忘れてたものが帰ってくる。

 俺は運転席から頭だけ出しているタウンゼントについて行ってやるよう目配せすた。


「見張りは必要ないのか?」


 そうするとちゃんと意味が伝わった。

 色々拾ってる時の警戒ってことだろうが今の俺には必要なかった。

 何かあるかと見渡しはした。が今の俺達はこれまでと違って、ただの兵隊じゃない。凄い兵隊だ。注目を、集めてる。

 そうなると、ものを漁るってのはカッコがつかない。


「今日はいいんだ」


 俺がそう言うとタウンゼントはエリッシュの後を追った。

 俺は戦場をもう一度眺め、屈んで足元に転がっていた豪華なエングレーブのライフルを手に取った。

 名前の刻まれたライフル、贈り物だろうな。

 構えてもう一度見渡すと、こいつの持ち主が横に転がってないことが最高に誇らしかった。

 俺は弾込めただけで作戦には触ってないし、なんにも見てない。でもチームだからな。チームってのはそういうもんだ。

 俺はライフルをそっと戦車に積んで少し離れたキャンプに一人で戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る