第21話 電話線を引く

 僕らは工兵隊からトルピード総統への伝令と、先日どこかが千切られた電話線の代替をウィンナーズドルフまで敷設する任務に就いた。

 ケーブルが積まれた荷車を引き戦車を走らせると予定より早い正午前には霧の森を抜けた。そこからは一般的な林道を慎重に進み、砲兵隊長の指示にしたがって最初に在留手帳を貰った詰所まで荷車を届けた。建物に近づくと戦車の音に驚いたのか数人が飛び出して、その中にはあの時のビール腹の職員もいた。彼は書類に目を通すとそのうちの一枚にサインして僕に差し出した。

 それから僕らは彼らを手伝うというと言うタウンゼントと戦車を建物の裏に残し、トルピード総統に直接届けるよう頼まれた封書を持って屋敷に向かった。


「貴公がフレディ・フェアフィールドで間違いないな」


 トルピード総統は書類をじっと睨むと席の後ろに立つ付き人に渡して僕と目を合わせた。


「間違いありません」

「よくやった!これは大変なことだぞ!勲章に値する!」


 そう答えるとトルピード総統はたいそう喜んだ様子でテーブルに身を乗り出し僕の手を取った。


「早速式典を開きたい、ところなのだが……」


 トルピード総統は席に戻ると一息ついて、


「貴公の腕を見込んでワシも、一つ頼みたい」

「なぁ、俺は?なんて書いてある?」


 エランドが喋りだしてしまった。どうやらテーブルの菓子が尽きたようだ。


「貴様はエランドで間違いないな」


 トルピード総統は付き人に預けた書類を手に戻し、尋ねた。


「俺も貴公がいいな、まぁいいけど」

「特に記載はない」

「は?!」


 トルピード総統はそう言って書類に目を戻すと今度はエリッシュを見た。


「わ、私はエリッシュ・メーツトリ、です」

「うむ。モランから聞いておるぞ。比類なき働きで危機に立ち向かい、加えてこの男を呼び止めたそうではないか。無論勲章に値する!」

「ちょっと待て、俺も戦ったんだけど?マジで書いてないの?」

「そうせがむな、ちゃんと書かれておる」

「そう来なくっちゃ」

「だが、話はもどす--


 話を聞くとトルピード総統の頼み事とは、この街の北にある村の視察だった。恐らく地図の青年クヴィークが言っていた秘密の村のことだろう。なんでも今回の騒動で副王兼西部総督を含む西側の責任者が軒並みこの街から脱出してしまったようで状況がつかめなくなったそうだ。総統はその土地について自分の管轄ではないと言葉では切り捨てつつも心配しているようだった。


「承知しました。直ちに--」

『緊急です!』


 依頼を引き受け地図を受け取ったちょうどその時だった。


「入れ」


 付き人が扉を開けると兵士が2人部屋に入ってきた。そして彼らがトルピード総統に何やら内密に話すと、


「500!?増えておるではないか……んん!だがやることは変わらん、交戦を許可する」


 総統は中身を口に出した。それを聞いた兵士は気まずそうに顔を合わせると話を続けた。


「それが……」

「それがですね、閣下」

「敵は、敵はツヴィーバックではなく」

「ツヴィーバックではなくこのウィンナーズドルフに向かっております。閣下」

「……今なんと言った?」


 トルピード総統は静かに兵士に顔を向けた。


「ツヴィーバッ--」

「聞こえておる!」


 総統は両手を机に叩きつけ拳を握った。そして自分をなだめるように数度うなずくと席は立たずに兵士に向き直った。


「仕方あるまい。避難命令を出せ。西部総督の兵も借りる。連絡しろ」


 総統がため息とともに指示を出すと兵士たちは再び顔を見合わせた。そして何かを決心したように話し始めた。


「それがですね、閣下」

「銃兵、銃兵隊は」

「銃兵隊は昨夜、導魔卿の護衛としてこの街を脱出しております。閣下」

「……今なんと言った?」

「銃兵--」

「聞こえておる!もうよい!騎兵だけで構わん!」

「それがですね、閣下」

「西部総督とは連絡が取れず。騎兵隊の所在が掴めません」

「はんだと!今なんと言った?」


 尋ねられた兵士は繰り返そうとしたがトルピード総統は顔を真赤にして手を突き出し彼らの言葉を止めた。そして羽織っていた真っ赤なマントのホックを外して、脱ぎ握りしめると床に叩きつけ、


「ぁんのエルフめ!んああ!我慢できん!ワシが出る!」


 と壁に飾られていた斧槍を引き剥がした。


「お待ち下さい!罠です!間違いありません!」

「閣下!ご再考を!」

「放せぃ!」

「閣下!まって!とまれぇ!んぁあ!」


 兵士と付き人は啖呵を切って部屋を出ていこうとするトルピード総統にしがみついてなんとか止めようとした。しかし、総統が軽く腕を振るうと兵士は風に吹かれた木の葉ように簡単に弾き飛ばされ、壁に激突して船の模型を粉々にした。総統は倒れた兵士のもとに駆け寄ると彼に手を貸して起こしたが、すぐに振り返り歩き出した。それを見た付き人は力ではどうにもならないと悟ったのか方法を変えた。


「閣下!フェアフィールド殿に助力願いましょう!ヨル隊長もお認めになった!」


 総統は息をついて斧槍を大理石の床に突き立て、振り返って僕らを見た。それから兵士一人を伝令に出し付き人に顎で指示を出して、僕らの前に地図を広げさせた。

 時刻は午後00時30分、報告にある不明な部隊は1時間ほどで、ここウィンナーズドルフに到達すると予測される。部隊の規模は500名を擁する大隊で、騎兵20、野砲8、機関銃2を含む。現時点で彼らからの要求はなく、目的はまったく不明だった。トルピード総統はこの部隊について、ドラゴンの噂と同日に報告が上がった50人規模の不明な部隊との関連は間違いないとしたものの数に10倍の差があることについては疑問が残った。しかし、この攻撃がドラゴンの襲撃に関連していようとそうでなかろうと必要なことは変わらない。

 総統は机に広げられた地図に書き加えながら市民の避難経過と彼の作戦を僕らに説明した。


「できるか?」


 総統からの命令はこの不明な部隊に突撃する総統率いる警察隊を戦車で後方から援護すること、単純な反撃作戦であり、こちらから見て地形は十分に有利だった。


「可能です。しかし、我々だけでは彼らの目的を阻止できない可能性があります」

 

 トルピード総統は部隊運用の経験が浅いようだった。僕は手帳を机に開き、今ある情報をもとに代替案を提示することにした。

 こちらが使用可能な戦力は東部警察隊60、西部警察隊100、自警団20、予備役80でこのうち直ちに召集できるものは小銃を装備する東部警察隊60のみ。総統の指揮下にある砲兵隊と工兵隊はすべてツヴィーバックにあり、西部総督指揮下の歩兵と騎兵隊は所在が不明となっている。加えて西部では武器弾薬の管理が杜撰ずさんであり書類上は存在する33センチ重榴弾砲や予備の野砲には実体がない。

 ここから分かることは、この攻撃は十分な情報を元に計画されたものであるということだ。つまり、彼らには明確な目的があり、そのための目標が存在するということだ。現時点で彼らの目的は不明であるが目標はおそらく都市機能の制圧だろう。これは相手の戦力から予測できた。

 なぜなら一個大隊では人口10万人を超える都市全体を占領することはできないからだ。目的が戦闘そのものでない限り、電撃的に都市の急所を押えることで自らの要求を通すことが最も確実な方法だ。

 この計画であれば部隊にとって非常に不利な時間帯に最も防衛が容易な地点を比較的脆弱な部隊で攻撃しようとしていることにも訳を与えることができる。正面の部隊を囮としてわずかに残った街の戦力を一か所に集中させ、河川から奇襲部隊を上陸させるのだ。船舶は部隊の輸送に最適であり、河川港から上陸できれば市庁舎、官邸、水道施設は目前にある。目標が占拠であれ拉致であれ十分に計画可能であり、撤退にすら有利だ。

 僕は前述の予測をもとにいくつかの作戦を用意し、砕け散った模型の船の部品を駒として説明した。


「ワシはB点を防衛する。貴公はC点を防衛せよ」


 トルピード総統が選んだのは自ら兵を率いて河川港を防衛し、囮部隊は戦車で迎撃するといものだった。総統は敵の目的が水道施設または学校の占拠にあるとし、要人の拉致や自身への攻撃は不可能であるとした。それを踏まえて作戦を修正すると総統はどの作戦も有効であると評価しながらも、自らが出撃することについては譲らなかった。付き人は、この攻撃には魔法協会の通謀が疑われるため、敵がアダーニの遺物つまり悪い魔法使いに関連する強力な武装を保有している可能性を指摘し、総統の出撃に反対したが彼は「もしそんなものがあれば必ずひけらかすはず」とその可能性の一切を否定した。


「いちおうさ、聞いといた方がいいんじゃない?本当に俺達とヤリあうのかどうか、なぁ?」


 僕が席を立つとエランドは地図上のC点に置かれた大砲の模型をつまみ不明な部隊を表す銃弾をはじいた。


「奴らは今しがた、ワシの使者を撃った。攻撃したのだ。情けなど必要ない」


 トルピード総統は斧槍を付き人に預け、僕の目を見てそう言った。彼は戦争には慣れてるようだった。

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