第21話「フラグの温室、善行ビニールハウス」

「え? また誘われたの?」


昼休み、社食の隅っこで唐揚げ定食をつついていた沙織のスマホに、LINEの通知が届いた。


──小林:今日ランチどう? 良かったら近くのカフェ行かない?


「……いや、定食420円だし」


財布の中身とにらめっこしながら、やんわり既読スルーを決め込む。


小林は営業部の若手イケメン。普段ほとんど接点がなかったが、最近やたら話しかけてくる。先日はコピー機で紙が詰まったのを代わりに直してあげただけなのに、「すごいですね、桐谷さん」って目を輝かせてきた。


──いやいや、善行パラメーター目当てでやっただけなんだけど!?


思わず内心でツッコミを入れつつ、沙織は味噌汁をすする。


(《現在の数値:55/100》……順調っちゃ順調。でもこれ、まさかの“モテ期フラグ”じゃないよね?)


ふと視線を感じて顔を上げると、同僚たちがこそこそ何か話している。しかも、明らかにこっちをチラ見しながら。


「ねえ、最近桐谷さんちょっと雰囲気変わったと思わない?」 「わかる〜。なんか優しくなったよね」


(やめてやめて、観察しないで!こちとら呪い付きの善行ライフよ!?)


午後の勤務中も、取引先の人から「対応が丁寧ですね」と褒められ、部長からも「最近の桐谷さんはいい意味で柔らかくなった」とか言われる始末。


(うわー……フラグがにょきにょき生えてきてる……)


沙織の脳内では、温室で育つイチゴのように、モテと善意のフラグがもさもさ育っていた。


──仕事帰り。


スーパーに立ち寄ると、以前助けた商店街の青果店の青年が声をかけてきた。


「あっ、こんにちは! この前はありがとうございました」


「あ……どうも」


「もしよかったら、今度お礼に、商店街でやってる食べ歩きツアー、一緒にどうですか?」


(え、なに?デート?いやいやいや、善行で人助けしただけなのに……)


「あの、ごめんなさい。ちょっと忙しくて……」


「そ、そうですよね! 急にすみません!」


(気まず……! でも、これ幸せ感じちゃったら減るし!)


──一方その頃、某マンションの高層階──


「……これ、DM送るの、アリかな……」


ソファに寝転び、スマホを握る春日駿。


@shun_no_sub──彼の裏垢。フォローしているのはほんの数人、密かに「さおり」のアカウントと思われる@saosao_loveも含まれている。


(もし違ったら? それに、俺がDM送ったらビビるよな、普通……)


駿は何度も文面を打っては消し、打っては消し……最終的にスマホを顔に乗せてうめいた。


「むーりー!」


──その夜、沙織は帰り道でコンビニ袋を落とした中学生に出くわす。


「あ、落ちたよ。……はい、全部拾ったからね」


「ありがとうございます!」


(このくらいでポイント増えるかな……)


──ピロンッ。


《+5》→《現在の数値:60/100》


「おおお……地味にうれしい……」


彼女は誰にも聞こえないように小さくガッツポーズを取った。春の夜風がやさしく頬をなでる。


しかしその背後、人気のない電柱の影で、例の占い師が一瞬だけ微笑んだのは、沙織はまだ知らない。

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