第20話「偶然のファンサ!?すれ違う推しと運命のガチャ」
《現在の数値:55/100》
「……はぁ」
昼休みのベンチ。缶コーヒー片手に、桐谷沙織は溜息をついた。春の日差しが優しいのに、心はどこか曇天模様。
善行生活も3ヶ月。誰かに席を譲れば「ありがとう」と言われ、落とし物を届ければ「助かりました」と感謝される。……それは確かに悪くない。
「でも、なんか疲れたんだよなぁ」
やってもやっても、終わらない日課。まるでノルマみたいに感じてしまって、自分でもイヤになる。
「何が“善行”だよ、ポイントのためにやってるだけじゃん……」
スマホを取り出し、ぼんやりとタイムラインを流していた沙織の目が、一つの投稿で止まる。
@shun_no_sub: この前、祖母が迷子になったとき助けてくれた“さおり”さんへ。 まだ誰かは分からないけど、本当にありがとう。 #感謝 #大切な人を守ってくれたあなたへ
「え……」
手が止まった。
まさか、これって、私のこと?
いやいや、偶然でしょ。たまたま名前が同じとか、そんな……。 でも、駿くんのおばあちゃん、あの時……。
スマホが震えた。通知だ。
「え、えっ……!?」
投稿に「いいね」が一つ追加されていた。 それが……@shun_no_subからだった。
「……は、ははは……ははっ」
ベンチで小さく吹き出す。
思わず笑って、隣のサラリーマンに怪訝な目を向けられる。
「いや、ちが……うれ……」
頬がゆるみっぱなしだ。
《現在の数値:55→45/100》
……あ。
スマホ画面の端に、じわっと表示された数値の変化。
「……やっぱ減るのか、幸せ感じると……」
でも、今はいい。減っても、ちょっとくらい。
「駿くんが“いいね”した……生きててよかった……」
***
その日の午後。
「桐谷さん、今日もコピーありがとう。すっごい助かりました」
「うん、いえ、大したことじゃ……」
ふわっと笑った沙織に、同僚の小林くんが一瞬見惚れる。 だが、当の本人は気づかずパソコンに向き直る。
「……あれ? 今、可愛かったな……」
小林がぽつりと呟いたのも、もちろん届いていない。
***
一方その頃——
春日駿は、マネージャーの運転する車の助手席でスマホを見ていた。
「やっぱり“さおり”って、あの人なんじゃ……」
ぼんやりと浮かぶ記憶。 祖母が嬉しそうに話していた「やさしいお姉さん」。
「いいね、気づいてくれたかな……」
彼の裏アカ——@shun_no_subは、ファンの動向や情報収集用だったが、今日初めて“自分の想い”を込めた投稿をした。
たった一人のファンに、届くことを願って。
***
帰宅途中。 駅前のベンチに座っていた沙織は、ふと隣を見ると、小さな男の子が泣いていた。
「どうしたの?」
「……アイス、落としちゃった……」
地面にぐちゃりと広がるチョコアイス。
沙織は、自分のバッグからチョコじゃないけど、とバニラアイスを取り出す。
「これあげる。代わりにはならないかもだけど」
「……ありがとっ」
男の子がぱっと笑って、母親が何度も頭を下げてくる。
《現在の数値:45→50/100》
ふっと風が吹く。
「……まぁ、善行してないと死ぬからね……ってのも、変な話だよな」
空を見上げて、沙織は少しだけ、口元を緩めた。
それでも。 今日一日、生きててよかったと思える瞬間がある。 それが、こんな形であっても。
「……推しが“いいね”してくれたし。うん。明日も、ちょっと頑張るか」
小さく呟きながら、改札に向かって歩き出す。
——その背中に、夕焼けが優しく伸びていた。
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