📘12-3『七希のスピーチ』

春の文化発表会、最終日。

体育館に設けられたステージには、椅子が円形に並べられ、

「声と記録」という今年のテーマに沿った特別企画が開催されていた。


最後のプログラムは、

生徒代表による「記録と進路」に関する自由スピーチ。


登壇者として名前が読み上げられた瞬間、

静まり返った会場に、柔らかな足音が響く。


──桜木七希。


彼女は、原稿もスライドも持っていなかった。

手にしていたのは、ただの一冊のノート。


マイクの前に立ち、深く一呼吸。


そして、まっすぐ前を見て話し始める。


「私は、言葉を信じられなくなった時期がありました」


「“伝わらない”ことが怖くて、

“誤解される”ことが苦しくて、

“言えなかったこと”が自分をずっと縛っていました」


数秒の沈黙。

彼女の声は震えていなかった。


「でも、あるノートに出会って──変わりました」


「そこには、ちゃんと“揺れてる言葉”が残っていた。

完璧じゃない。整理もされてない。

でも、それが“人の心のかたち”なんだって、気づかされたんです」


ページをめくり、書かれた一行を読み上げる。


「“正しさ”が人を救うとは限らない。

でも、“迷いながら書かれた言葉”は、

いつか誰かの光になるかもしれない」


「私は、自分の“問い”から逃げたくなくなりました」


彼女は続ける。


「兄がAI教育で壊れていったあの日、

私は“情報は正しいのに、心が追いつかない”世界に絶望していました」


「でもいま、**“わからなさをそのまま差し出す勇気”**こそが、

誰かと本当に繋がる方法なんじゃないかと思っています」


ノートを胸元に抱えて言う。


「これは、私の“未完成の記録”です。

でも、だからこそ今日ここで、言えます」


「“未完成の声”も、ちゃんと誰かに届くって。」


会場の空気が、そっと変わる。

静けさが、敬意へと変わっていく。


七希は、最後の言葉を選ぶように、ゆっくり話す。


「誰かのノートの余白に、

あなたの“問い”を書き足してください」


「それは、きっと未来の誰かにとって、

“はじまり”の一文になるかもしれないから」


そう言って、七希は深くお辞儀をした。


会場に、最初の拍手が響く。


やがてそれは、ひとつ、またひとつと重なり──

大きな拍手の輪になっていった。


ステージを降りた七希の隣に、日向悠がいた。


何も言わず、彼女にノートを差し出す。


そのページには、悠が静かに綴った一行があった。


『この声が、また誰かの“勇気”になりますように。』


七希は、ふっと目を細めて笑った。


そして、自分のペンで、その隣にこう書き足した。


『声は、書き継がれる。記録は、誰かの歩幅になる。』


ふたりのノートは、もうふたりのものじゃなかった。


そこには、新しい一行が重なり続けていく。


誰かの問い。

誰かの迷い。

そして、誰かの“声になりたかった気持ち”。


このスピーチは、誰かの手元のノートに書かれた「はじまりの一文」になっていく。


声は、ページの向こうに受け継がれていく。


【To be continued...】

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