📘12-2『それは、誰かの“はじまり”の一文』

放課後の教室には、発表を終えた生徒たちの安堵と静かな余韻が残っていた。

その日の日向悠のプレゼンは、どこか不思議な印象を残していた。


派手なスライドもなく、目立つ実績もなかった。

けれど、“あのノートの言葉たち”が、ずっと耳の奥に残っていた。


「……進路が“問い”になるなんて、考えたこともなかったな」


ある生徒が小さくつぶやく。


その声をきっかけに、誰かが鞄から自分のノートを取り出した。


悠の発表を聞いていた中谷沙良は、

家に帰ってすぐに机に向かった。


彼女のノートは、まだ真っ白だった。

進路希望欄にも、「保留」とだけ書かれていた。


「……どうせ何書いたって、変わらないし」

ずっと、そう思っていた。


けれど今夜、彼女はふとペンを取り、

一行だけ、ノートの一番上に書いてみた。


「私はまだ、うまく言えない。でも、何か言いたいと思ってる」


その言葉を書いた瞬間、

胸の奥にあった何かが、すこしだけ、ほどけた気がした。


翌日、沙良はこっそり悠に話しかけた。


「昨日のノートのやつ、よかったよ。……なんか、変な話だけど」


「変じゃないよ。うれしい」


悠は、ノートを見せながら笑った。


「それが“言いたくなった一行”だったなら、もう“声”だよ」


その日から少しずつ、クラスのなかで「ノートに一行だけ書く」空気が広がり始めた。


・「将来のこと、誰かと一緒に迷ってみたい」

・「好きなことが“仕事になる”って思えないけど、嫌いになりたくない」

・「うまく言えなかった昨日の気持ちを、今なら言葉にできそう」

・「これは、今の私の“はじまり”だと思ってる」


それは誰かに見せるためじゃなかった。

でも、見せても大丈夫だと思えるノートが、少しずつ増えていった。


七希は、その様子をそっと見守っていた。


「ねえ、悠くん。

あのとき“声は一人きりじゃない”って言ったでしょ?」


「うん」


「今、それがほんとになってる気がする。

あのノートから、一行ずつ、誰かが言葉を持ち帰ってる」


悠は、微笑んで答えた。


『“伝える”って、

声を張ることじゃなくて、

“書きたくなる余白”をつくることなのかもしれない』


その夜、ふたりは再びノートを開いた。


そこには、誰かの新しい“はじまりの一文”を、ふたりで書き写していた。


「昨日までは書けなかったけど、

今日、私は“言いたい自分”に気づきました」


それはもう、悠や七希の言葉ではなかった。

でも、たしかに彼らのノートから生まれた言葉だった。


“ノートの余白”は、もはやふたりのものではない。

それは、教室の誰かの、そしてまだ見ぬ誰かの声を受け入れていく、共有のページになっていた。


悠は、ノートの端にこう記した。


『このノートは、“話すことが怖い人”の手紙帳。』


『そして、誰かがまた一行置いていくことで、

このノートはきっと、また次の誰かの“声”になる。』


七希が微笑む。


「それってまるで、“声の継承リレー”だね」


「うん、たぶん。

音じゃなくて、書かれた声のリレー」


それは、誰かの“はじまり”の一文。


そしていつか、また別の誰かがその言葉に続けていく。

言葉は終わらない。

だって、問いは常に余白に書かれていくものだから。


【To be continued...】

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