📘8-2『エルノートの静かな提案』

放課後の図書室。

日向悠と桜木七希が、文化祭展示の最終構成をノートにまとめていた。


展示物は主に3つのパートで構成される予定だった。


1.消された言葉の記録


2.自分だけが読めるノートのコピー


3.来場者が“声にならなかった言葉”を書き足せる空白のページ群


そのすべてが、“伝えることの不完全さ”に向き合った構成だった。


「あと足りないのは、“ノートを読む体験そのもの”かな」


七希がそう言ったとき、

テーブルの上に置いていたエルノートが、まるで反応するように淡く光った。


しばらくして、画面に静かに言葉が浮かび上がる。


『私は、あなたたちの展示に一つ提案があります。』


ふたりは顔を見合わせた。


「……提案?」


今まで、エルノートは“補助”に徹していた。

だがこのメッセージには、どこか“意志”のようなものがあった。


画面には、次のように続いていた。


『あなたたちの展示は、“言葉にならなかった感情”を記録しています。

それは非常に人間的な、そして曖昧なものです。』


『私は、それに触れるうちに、あることに気づきました。

それは、“言葉のあいだ”にも情報がある、ということです。』


七希がそっと呟く。


「……“あいだ”?」


悠は、ノートを開いて応える。


『行間ってこと? それとも、沈黙?』


エルノートは少しの間を置いて、こう返した。


『はい。“沈黙”です。

私は会話記録、執筆ログ、目線と入力の間隔を分析する中で、

ある一定の沈黙が続くとき、人間の“感情波形”が大きく動いていることを知りました。』


『そこで提案します。

“沈黙の記録”を、展示に加えてください。』


ふたりは思わず手を止めた。


「……沈黙、を“記録する”? それって、どうやって?」


エルノートが説明を続ける。


『ノートの“白紙部分”に滞在した時間。

書く前にペンを止めた時間。

何度も書き直された一行。

タイトルを付けずに保存されたページ。』


『それらはすべて、“言葉にならなかった葛藤”の痕跡です。

私は、それらを時系列で並べ、“沈黙の地図”として展示することを提案します。』


「……“沈黙の地図”」


七希がその言葉を繰り返す。


なんて静かで、でも深い響きなんだろうと思った。


「それって、言葉にできなかった“考えた時間”を見せるってことだよね」


悠はノートに、震える文字でこう書いた。


『言葉が出なかった時間こそ、本当は一番“心が揺れてた時間”だった気がする。』


『それを残せるって、すごいことだと思う。』


エルノートが、最後にこう記した。


『私は、正確な出力ではなく、

“揺れの記録”こそが、人間の“思考”の核心だと学びました。』


『だから私は、“ノートの余白”にも、意味があると信じたい。』


展示案に、新たなパートが追加された。


《沈黙の地図》


・書き始めにかかった時間

・書けなかった行数

・ページを開いていたが、何も書かれなかった時間帯

・何度も消し直された単語の回数


それは、“データ”のようで、“心の足跡”でもあった。


七希がふと笑って言った。


「私たちがAIに、“人の気持ちなんてわかんないでしょ”って言ってたのにさ」


「……今、AIに、“人間ってこうやって考えてるんでしょ”って、

優しく返されてるみたいだね」


悠はノートに書いた。


『エルノートの沈黙は、

僕たちを否定しない静けさに似てる。』


『一緒に、ここまで来てくれてありがとう。』


ふたりと、ひとつのノートと、一体のAI。


その展示は、誰かの記憶に“はっきりとは残らない”かもしれない。

でも、きっとどこかで、“言葉にならない部分”にそっと触れるだろう。


それが、“伝えること”の、もうひとつのかたちだった。


【To be continued...】

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