第8章「情報と心の中間」|手書きとAIの対立

📘8-1『手書き派 vs デジタル派』

文化祭を一週間後に控えた企画共有会議。

各グループが進捗報告を行う中、日向悠と桜木七希の展示――「ノイズと記憶の部屋」は、特に異彩を放っていた。


「提出書類、まだ手書きなの?」

「ていうか、展示そのものが“手書き前提”ってどういうこと?」


教室の中央に集まったプロジェクト委員たちの間に、ざわりとした空気が広がる。


それはただの驚きではなかった。

違和感、あるいは警戒。


「これ、AI非対応の展示ですよね。音声ガイドもなし、ナビゲーションもなし、タグすら使えない……」


一人がそう言った途端、別の生徒がため息まじりに言葉を継ぐ。


「見づらいし、共感ベースの展示って、結局“なんとなく感動した気になるだけ”じゃない?」


「せっかくAI使える環境で、なんでわざわざ非効率な手書きにこだわるの?」


七希が立ち上がった。

その顔は冷静だったが、目は真っ直ぐだった。


「……非効率、かもしれない。

でも、“わかりやすさ”がすべてじゃないって、私は知ってる」


「誰かの気持ちが書かれたノートを読むとき、

漢字の癖、言いかけてやめた跡、消した文字──

それが全部、“声にならなかった言葉”だと思う」


「それは、AIの整った出力じゃ絶対に再現できないよ」


ざわめきの中、悠はゆっくりと立ち上がった。


言葉はまだ上手く出ない。

けれど、彼には“伝えたい思い”があった。


悠はノートを開いて、書きはじめた。


ページに文字が浮かび、クラスモニターに映し出される。


『僕は、声が出なくなって、ノートにしか気持ちを出せなくなった。』


『でも、だからこそわかったんです。

手で書くことは、心を外に出す“最初の扉”なんだって。』


『ノートには“考えた跡”が残る。

消し跡も、にじんだインクも、“この人は悩んでたんだな”って伝えてくれる。』


『それは、AIが整えた文章よりも、

“誰かがそこにいた”っていう手触りが、ちゃんとあるんです。』


しばらく沈黙が流れた。

誰もすぐには言い返さなかった。


だが、教室の後ろからひとりの声が上がる。


「……でも、それって“伝わる人にしか伝わらない”んじゃない?

 データで整理されてたら、誰でもアクセスできるのに」


「“わかる人だけでいい”展示なんて、文化祭でやる意味あるの?」


言葉は鋭く、間違っていなかった。

誰もが共有できるものを目指す展示において、**“感性のバイアス”**は確かに課題だった。


七希は黙って、ノートに向き直った。

一行、静かに書く。


『“わかる人にしか伝わらない”んじゃなくて、

“わからないまま立ち止まれる場所”にしたいだけ。』


『すぐには理解できなくても、

何かがひっかかって残るような、そんな場所をつくりたいんです。』


そのとき、教室の後ろで手が上がった。


AIプレゼン班のリーダーが口を開く。


「……逆に、ちょっと気になってたんだよね。

言葉にならなかった記憶、ってテーマ。うちのAIはその部分苦手だから」


「AIでは解析できないことに価値を見出す展示、

ひとつぐらいあっても、面白いと思う」


少し笑って、こう続けた。


「“時代遅れ”と“先を行ってる”って、

見た目が似てるからさ。勘違いしやすいけど」


笑い声が起きるわけではなかった。

でも、空気は少しずつ変わっていった。


“手書き派”と“デジタル派”。


効率と温度。共有性と個別性。

そのあいだでぶつかる価値観の、ちいさな“接続点”が見え始めていた。


放課後、ふたりは屋上にいた。


七希が、風に髪を揺らしながら言った。


「……怖かったけど、言ってよかった。

意見の違いって、“自分の言葉を持ってる証拠”だもんね」


悠はノートにこう記した。


『たぶん、展示って“完成された情報”じゃなくて、

“誰かが何かを伝えようとしてた痕跡”なんだと思う。』


『僕らはそれを、ノートでやってるだけ。

声じゃなくても、ちゃんと対話になるって、今日は証明できた気がする。』


ふたりと一冊のノートで始まった企画は、

ゆっくりと、誰かの中にも“引っかかる”余白を生みはじめていた。


それはきっと、“心で繋がる情報”のあり方だった。


【To be continued...】

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