第38話 黄泉の抱擁

 駆ける、駆ける、駆ける。


 スィスィアもどき達は流石に女王を狙う輩を許せないのか、伊邪那美命を崇める体勢から立ち上がり、次々に俺に襲い掛かってくる。


 その爪で、その牙で、獣のような体躯を生かし突進してくる。


 その速度は先ほどの比ではない。伊邪那美命に対する忠誠心か、はたまた伊邪那美命が顕現したことでこの空間が黄泉に近付いたからなのか。理由は不明だが、奴らは絶対の意思をもって俺の前に立ちふさがってくる。


 しかし、譲れないものがあるのは俺も同じだ。


 迫りくるスィスィアもどき達の爪を弾き、牙を折り、数体まとめて切り倒す。

その波は留まることを知らないが、俺も止まらない。迸る魔力に任せて、スィスィアもどき達をねじ伏せる。


 幸い再生能力持ちの奴は居ない様だが、この空間が黄泉と同様ならこいつ等には死の概念すらも無いかもしれない。


 俺はさらにスピードを上げ、伊邪那美命のものとへ向かう。


 伊邪那美命はこちらを見ない。

既に視線は別の方、このドームの出入口の方を向いている。

そして、それに合わせスィスィアもどき達が左右に分かれ、祭壇と出入口の間に道が出来る。

まるでモーゼの海割りの様だ。


 その道を伊邪那美命が悠然と歩く。


 俺は何とかその進路上に向かおうとするが、スィスィアもどき達の抵抗が激しくなる。


 数体まとめての体当たりに押し負けそうになるが、気合ではじき返す。返す刀で、三日月状の闇の刃を空中に描き、それを射出する。


 爪を弾く、袈裟切りになぎ倒す、牙を躱す、敵の爪がわき腹を掠る

苦悶に顔を歪ませるが立ち止まるわけにはいかない!!

魔力を乗せて数体まとめて突き刺し、進む、進む、進む、進む、!!


 そして前方、出入口の方向に無理やり道を作り、何とか伊邪那美命が到着する前に出入口との間に立ちふさがることに成功した。


 既に体は満身創痍、肩で息をし、体から立ち上る魔力も儚く揺らいでいる。


 スィスィアもどき達は俺に襲い掛かかりたいようだが、伊邪那美命の道を塞ぐことを躊躇っているのか、幸いこちらに襲い掛かることはしてこなかった。


 伊邪那美命がやっとこちらを見る。


 やはりその顔はとても美しく、そして、その瞳には燃えるような憎悪が宿っていた。


「頭が高い。」


 一言。そのたった一言でまるで瀑布に打たれたかのような、立っていられないほどの圧力が全身に圧しかかる。


「くはっ!!」


 思わず片膝を着く、忠誠を誓う様な姿勢だ。

何とか刀を地面に突き刺し、震える足で立ち上がる。

体が重い、全身の骨が軋んでいる、それでも譲れない、絶対に譲れない!!

だが、そんなことなど関係ないとばかりに、


「邪魔じゃ。」


 俺はそのまま出入口横まで吹き飛ばされる。大の字に壁が沈み込み周囲には亀裂が入り、刀が折れる。


「がふっ!!」


 口から血が溢れる。しかし、体は解放されず、さらに壁に押し付けられる。


「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」


 周囲のスィスィアもどき達から歓声にも似た絶叫が聞こえる。


「くそが。」


 毒づくが拘束が緩む気配はない。全身の骨と筋肉がミシミシ音を立てる。このままでは挽肉一直線だろう。ああ、くそっ、後でスィスィアもどき達に美味しく頂かれました、なんて展開になってたまるか。


「舐めるなよ、女王。例え汝が神の中の神、国生みの女王なのだとしても我が闇に勝る闇などない!知るがいい、黄泉の闇よりもなお深き闇の力を!!」


 そう叫び、俺は最大出力の魔術を詠唱する。

体は未だ壁に押し付けられたままである。


「闇よ踊れ空に向かい、月よ歌え闇の調べと共に、我は紡ぐ、我は祈る。」


 最後とばかりに体内の魔力を絞り出す。

ここで諦めるわけにはいかない!!


「其は漆黒の片割れ。其は誇り高き黒。」


 これが通じなければ正直打つ手がない。

だが、それでも俺は美桜を助ける、その譲れない、譲ることが出来ない想いのために!!

美桜と伊邪那岐命の魂を分離できるよう願いながら魔術に改編を加える。


「其は魂を穿つもの、其は儚き魂を救うもの。」


 魔術が最終章に入る。

神社の時と違って、伊邪那美命からもスィスィアもどき達からも妨害の様子はない。


「汝、我と共にありて真なるものよ。我が敵の全てを滅せよ。来たれ、終焉の闇、spiritusスピーリトゥス tenebrarumテネブラールム!!!!」


 直後俺の頭上に闇が収束し、全身漆黒の女性が出現する。


 すべての光を飲み込む闇色。


 それが祈るように胸の前で手を組み、次にその両手を前に差し出す。

その上には漆黒の球体が形成されており、


「AAAaaaaaaaaーーーーーーー。」


 女性が歌うような声を響かせると、その漆黒の球体は一度収束した後、極大のビームのような漆黒の光を射出した。


ドガガガガガーーーーーーーーーーーーン!!!!!!


 伊邪那美命は避ける素振りすら見せない。

その漆黒の光が伊邪那美命に直撃し飲み込む。



 中の様子は分からない。

膨大な力の本流、内部の人間、いや今は神か、が無事であるとは思えない絶対の暴力。

漆黒の光が徐々に落ち着き、周囲に着弾地点には土煙が上がる。


 場は静寂に包まれ、スィスィアもどき達でさえも声を失っている。

俺も圧力から解放され、地面に片膝を着いて崩れ落ちる。


「やったか!?」


 思わずフラグを立ててしまう。

そんな中、


ピタピタピタ


 やけに軽い音が響く。それは水音が弾けるような、素足で地面を歩くような音だった。


 やがて、土煙が晴れたそこに、無傷の伊邪那美命が立っていた。煩わしそうに、服に付いたわずかな土埃を払いながら。


「余興は終わりか?ならば疾く妾の前から去るが良い。沈め、黄泉の抱擁。」


 その途端、周囲のスィスィアもどき達が俺に群がり、赤黒い泥になって溶けていく。

それと共に俺の体が徐々に地面に飲み込まれていく。抵抗できない。

必死に手を伸ばすが体が泥に拘束されて全く抜け出すことが出来ない。


「妾の足を止めたせめてもの褒美じゃ。そのまま泥に飲まれて黄泉に沈むが良い。黄泉には汝が経験したことが無いような凄惨で残虐なもてなしが待っておるよ。」


 そう言うと、伊邪那美命はもう用はないと言わんばかりに俺の横をすり抜け、地上への道を悠然と進む。


(ふざけるな!!!)


 怒りに身を任せて抵抗するが、それすらも新たな泥に絡みつかれ封じ込められる。


 そうして、数分。


 ドームの中の全てのスィスィアもどき達が泥になる頃には俺の全身は完全に泥に沈み込み、ドーム内から消えていた。


 後には、壁際にある壊れかけた機械と、その陰に立ちケタケタと笑う白衣の男のみが残されたのだった。

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