第37話 伊邪那美命
エプタの宣言と同時、魔方陣から吹き上がっていた激しい魔力が祭壇を、いや、美桜を中心に収束していく。
赤黒い魔力はさらに密度を上げると美桜を球状に包み込んだ。その色は血が濁り、闇と混ざったような色をしている。
「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
スィスィアもどき、いや亡者達が両手を上げ歓声を上げるように叫んでいる。
俺は壁に寄りかかりながら、その球体を睨みつける。
その球体は何とも禍々しい。ドクンドクンと心臓が脈を刻むように鳴動している。周りのスィスィアもどきも併せて邪神でも崇めているようだ。
しかし、実際その通りか。
恐らくあの中には伊邪那美命が居る。それも美桜を依り代にするような形で。
俺は間に合わなかったのか。
そう絶望が心を占めそうになるが、胸の奥で叫ぶ声がする。
『まだだ、まだ終わっていない。救え、救え、救え』
と。その声に急かされる様に一歩踏み出し、自分の心に活を入れる。
「そうだ、まだ終わってはいない。我が闇をもって、美桜を救う。」
その瞬間、
ピキピキピキピキ
美桜を包んでいた球体の一部に罅が入り、そこから血と闇を煮詰めたようなドロドロした泥が溢れる。
罅が徐々に広がっていき、球体の全体に罅が広がったところで、
バリーーーーーーーーーン
球体がはじけ、中から一人の美しい少女が顕現する。
「「「「「ぎええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」
スィスィアもどき達はもはや頭を垂れ、その場に蹲っている。
それを少女は冷めた瞳で睥睨する。
足が震える、絶対的な死が目の前に突きつけられている感覚に陥る。
顔のベースや髪型は美桜と変わらない。しかし、その唇には薄っすらと紅が引かれ、両目の周囲には影のような化粧がされている。
そこに少女らしい愛らしさはなく、ただただ抗いがたい色気と全てを圧倒するような気品が漂っている。
服も白の薄絹ではない。夜の闇を閉じ込めた様な漆黒で、幾重にも重ねられた
領巾(ひれ)も漆黒だがその中には星の瞬き。
頭には金の意匠が凝らされた豪奢な櫛、手首や耳には翡翠で出来た管玉の装飾。
翡翠の勾玉を中心に様々な宝石で出来た首飾りは見事で、少し覗く雪のように白く美しい足先は妙な色気を放っている。
そして、何より違うのはその瞳だ。
その瞳は黒曜石のように深い漆黒にも関わらず、光の加減で虹色にも見える。
本来であればただただ美しい瞳、だが、今は激しい憤怒と全てを滅ぼさんとする残虐さ、それにとても深い絶望が宿っているように見える。
伊邪那美命は自分の体があることを確認するように両手のグーパーを数度繰り返す。
俺は恐怖を塗り替えるべく自分に活を入れる。
「確かにかの姫、いや今は女王か。貴様は美しい。だが、だがな、」
そこで伊邪那美命が視線を上げ、俺と視線が交差する。
その瞳に吸い込まれそうな感覚がある。だが、俺は揺らがない。
「俺は美桜の笑顔の方が何万倍も好きなんだよーーー!!」
足の震えを意志の力で押さえつける。
全力で魔力を練り上げる。
全身が痛みで悲鳴を上げるがそんなものは無視だ。
身体から闇の魔力が溢れ出す。その魔力を身体強化に注ぎ込み体を無理やり動かす。
同時に二つの魔術を構築する。
一つは魔眼。魔力消費が多く、夜の街で相手が悪党かどうか迷った時にしか使ってこなかったが、これで伊邪那美命を見やる。
この魔眼は本質を見抜く。本気でやれば、見た相手の状態を詳細に読み解くことも可能だ。
右眼の青い光が輝きを増す。
抵抗が強い、右眼が焼けるように熱くなり血の涙が零れる。
それでも俺は伊邪那美命を見る。
まだ美桜は生きているのか、二人がどのような状態になっているのか。
伊邪那美命は見られていることに気付いているはずだが、妨害はしてこない。まるで羽虫など相手にする価値も無いとでも言うかのように。
俺は必死に魔眼で解析を行い、理解する。
あの体の中には美桜の魂と伊邪那美命の魂が同居している。伊邪那美命の魂が美桜の魂を覆っている感じだ。
「魂を取り込もうとしているのか?」
まだ、美桜の魂をはっきりと感じ取れるが、もしかしたら時間の問題かもしれない。焦燥が胸を焦がす。
そしてもう一つの魔術、
「闇よ、深き闇よ、形為せ。ダークマテリアライズ:モードソード!!」と叫ぶ。
まだ伊邪那美命と美桜の魂を切り離す方法は思い浮かばない。けれど、まずは目の前のスィスィアもどきを片付けないと美桜の元にもたどり着けない。
刃渡り80㎝程の闇で作った刀が右手の中に現れる。今回は切れ味と頑丈さに重きを置いて形成した。
俺はそれをビュッと斜めに切り落とし刀の感触を確かめる。
そして伊邪那美命に、その中に美桜に届けとばかりに声高く宣言する。
「救われる覚悟は出来ているか?さあ、深き闇の時間だ!」
俺は伊邪那美命に向かって全速力で駆けだした。
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