mum colors

Aya*mumcolors*puppy

第1章『しあわせを灯す者たち』

第1話 「春いろ、クルりんしあわせデビューでち!」

 木枠のガラス戸を押すと、ふわりと甘い香りが頬をなでた。

 ピーチとバニラのやさしい匂いに、ほんのりミントの爽やかさ。

 まだ少し肌寒い春の朝。けれどこのカフェには、誰かの心をそっと包みこむような、やわらかなぬくもりがあった。


 


 カフェ「mum colors(マムカラーズ)」。

 木目の床に、アイボリーの壁。ミントグリーンの差し色がところどころに入っていて、棚の上には色とりどりの西洋菊のドライフラワー。

 窓辺のレースカーテンがふわりと揺れると、小さな読書コーナーにも朝の光がこぼれた。


 


 開店前の静かな店内。

 はぁたんは、カフェのロゴをていねいに磨いていた。


 ふんわりとしたボブの髪。左耳には、赤い西洋菊の花飾り。

 そのすぐ上には、ふわふわの犬耳がぴんと立っていて、気持ちが表れるようにぴくぴくと動いている。

 制服の胸元には、ミントグリーンのリボン。春の光を受けてやさしく光っていた。


 


 ロゴの中央には、ヨークシャーテリアのイラスト。

 木のテーブルにちょこんと前足をそろえて座り、カップの隣でにっこり笑っている。

 まわりにはカラフルな西洋菊が花かんむりのように咲き、そのロゴはこのカフェの「しあわせ」の象徴だった。


 


「今日も、良い香りに包まれますように…」


 


 はぁたんがそっとロゴのワンちゃんに触れると、中心から小さな光がふわっときらめいた。

 光はくるくると渦を巻き、ロゴの中から一筋の光が——


 


「クルッと〜〜!ミラクル登場でち〜〜!!」


 


 くるんとスピンしながら飛び出してきたのは、手のひらサイズのちっちゃな妖精!

 ピンクと水色のふわふわ毛並み。くるんくるんと空中できらめきながら、ハアモがにこにこ笑顔で着地する。


 


「おはようでち〜!今日もミラクルな一日になる予感でちよ〜!」


 


 でも、その元気な声の奥には、ほんのちょっぴりだけ不安がにじんでいた。

 今日は、ハアモが初めて「お客さまに出すスイーツの仕上げ」を任される、大事な日。


 


「ハアモくん。本日のタルト、仕上げお願いできますか?」


 


 はぁたんがやさしくタルトを差し出すと、ハアモの耳がぴんっと立った。


 


「……ほんとに、ボクがやるでちか……」


 小さな声がすこしふるえている。


 


「ボクの“クルりんデコフィニッシュ”、まだうまくできないときもあるでちけど……

 くるんと回って、おしりでトントンってすると、スイーツがキラキラしあわせ仕上げになるでち!……なるはず、でち!」


 


 はぁたんがやさしくうなずくと、ハアモは小さな手をぎゅっとにぎって言った。


 


「う、うんっ……ボク、がんばるでち!」


 


「想定通りの反応ですね」


 


 静かに現れたのは、銀髪の猫耳を持つ青年——プンたん。

 ベージュのストライプベストにミントグリーンのネクタイ、すっとした立ち姿と落ち着いた目元は、今日もいつも通り冷静だった。


 


「練習は計四回。うち二回は爆発寸前でしたが……本日は記録を取らせていただきます、ハアモ様」


 


「爆発言わないででちぃぃ!!」


 


 ガラガラッ!!


 


「おっっはよ〜〜〜ん!! ハアモちーん、しあわせ足りてるか〜〜!?」


 


 チリチリのパープルロングヘアに鳥の巣を乗せた少女・ちおが、勢いよく登場!

 その巣の中には、黄色と白を基調に、羽にミントグリーンのグラデーションが入った小さなオカメインコがちょこんと座っている。

 「ハピちゃん」と呼ばれるその小鳥は、冠羽のそばに赤いマムの花飾りをつけ、ちおの“しあわせトラブル体質”を象徴する存在だ。

 「ハピッ♪」と楽しげにさえずりながら、巣の中でくるくると軽やかに回る姿がとても印象的。


 


「ウチ、今日も手伝う気満々やで〜〜〜!……あ、まずプリンでエネルギーチャージな?」


 


 はぁたんは、にこっとやさしく笑って応える。


 


 開店のベルが鳴って、常連たちがやってくる。


 


 カウンターには、髪もシャツもクシャっとした昭和風のおじさん。

 ラベンダー色のスカーフを巻き新聞をたたんで読む小柄な女性。

 読書コーナーの一角には、丸メガネの少年が膝に分厚い本をのせて静かに座っていた。


 


「それでは、ハアモくん。お願いできますか?」


 


 はぁたんがそっとタルトを差し出す。


 


「い、いくでち…!クルッと〜〜!」


 


 くるんっ!


 


 ——しかし、トッピングクリームがすべって、ぐにゃりと横によれてしまう。


 


「ぅわぁぁ〜〜ずれたでちぃぃ!」


 


「中心軸から1.8センチ右に偏位。整形の再調整を推奨します」


 


「も、もういっかいでち!!」


 


 くるくるっ!


 


 今度は飾りのミントがぽーんっと飛び出し、プンたんのタブレットに着地!


 


「ぅわぁぁあああ〜〜うまくいかないでち〜〜!」


 


「……落ちついて……」


 はぁたんが声をかけようとした、そのとき——


 


「ハアモチーン!こーゆーのは勢いやー勢いでなんとかなるで〜!!ぁわわわわ〜」


 


 ちおがテンションMAXで叫びながら、よろけてハアモにどーん!


 


「わわっ!?」


 


 ハアモがスピンしたまま加速し、まるでコマのようにグルングルン回り始める!


 


「グルグルグルグルグルグル止まらないでち〜〜〜〜〜!!!」


 


 その時、ちおの頭のハピまでくるくる回り出して、カフェに謎の突風が――!


 


 ナプキンが宙を舞い、カップがカタカタ……

 カフェの中がふわっと巻きこまれていく!


 


「過回転!誰か、止めるにゃっ!!!?」


 


 焦りから、“にゃ”がこぼれた。


 


「ぬくもりサークル、展開しますの」


 


 はぁたんがそっと手をのばすと、やわらかい光が店内に広がる。

 空気がすーっと落ち着き、ハアモの回転もゆるやかになっていく。


 


 プンたんが静かにタイミングを見て、声をかける。


 


「あと、0.5回転。……今、です」


 


「いくでちっ!」


 


 くるんっ!


 


 ピーチとバニラの香りがふわっと広がる。

 タルトの上に、ちょっと右寄りの“ぷりっとハート”がぽこん!と着地!


 


 泡立ったバニラクリームのうえに、きらめくピーチの果肉。

 まるで宝石みたいに、春の光を反射していた。


 


「で、できたでち!ミラクル成功でち〜!」


 


 タルトは、読書コーナーの少年の前へ。


 


 少年は、じーっとその形を見つめたあと、ほんの少し首をかしげる。


 


「……か、形が妙に…非対称……。」


 


 ハアモの耳がしゅんと垂れて、しょんぼりとうつむいた。


 


「……しかし……これはこれで、ありかも、であります」


 


 新聞の女性がちらっと見て、ぽつり。


 


「……あの形じゃ、笑われると思ったけど。まぁ……意外と、悪くないわね」


 


 昭和風のおじさんは、声も出さずに目元だけでくしゃっと笑っていた。


 


「……笑われてない……しあわせ、届いたでち…?」


 


 ちおがにやっと笑って、ハアモをトントンつついた。


 


「な?ウチの“トラブルフィニッシュ”、ええ仕事したやろ〜?」


 


「ちおさんのおかげでミラクル完成でち〜!」


 


 プンたんはタブレットをパタンと閉じて、すっ、と静かに言った。


 


「……例外的に、成功と認定します。……にゃ」


 


「いま、また言ったでち〜〜!!」


 


 はぁたんは窓辺のカーテンを整えながら、ふわっと笑って言った。


 


「今日も良い香りに包まれて……しあわせですわね」


 


 ふと風が通り抜けたテラス席では、陽だまりの椅子に、小さな影が静かに座っていた。


 ふわふわの白い服に包まれ、カールした長い髪が、春の光のなかでふんわりと揺れている。


 目を閉じたその子は、まるで春そのものに溶け込むように、ぽかぽかの空気といっしょに、そっとウトウトしていた。


 はぁたんがその姿に気づいて、やさしく微笑む。


 


「……今日も、気持ちよさそうですわね」


 


 mum colorsには、テラス席もある。

 通りの花壇から風が運んでくる香りとともに、そこにいるだけで、なんだか“しあわせ”がやってくるような、そんな場所だった。


 



 


■ メニュー紹介:


 


 ピーチ&バニラ香る「しあわせのクルりんタルト」

 ——ちょっといびつでも、笑顔になれるしあわせ仕上げ。


 


〜 次回予告 〜


 


 第2話「記憶の中のブリュレタルト」

 なつかしいあの香りに、もう一度出会えるかもしれない。

 これは、今のわたしだけが作れる、“しあわせの味”の話。

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