ダウンタイマー

猫柳蝉丸

本編

 白崎は現在進行形で性的暴行を受けている。

 一ヶ月前、飲み会からの帰宅途中、見知らぬ男に人気の無い公園に引きずり込まれた。

 完全に意識の範疇外の出来事であり、白崎は全く抵抗できなかった。

 酔っていたのもあるが、飲み会から遡ること更に数週間前に利き腕の右腕を圧迫骨折してしまっていたからだ。

 ろくに利き手も使えない上に、手慣れた様子でガムテープで口を塞がれては声を上げることもできなかった。

 頬を殴られ、脚を掴まれ、背中をベルトで何度も何度も叩かれてしまっては、白崎もそれ以上の抵抗をする気が失せた。

 降って湧いた災難。

 白崎は目を閉じ、思考を閉じ、ひたすら見知らぬ男の性暴力を待つことしかできなかった。

 見知らぬ男が数度白崎の中で果てた後、多少は満足したのか抵抗しない白崎の様子を確認しながら走り去っていった。

 追いかけるつもりも、警察に通報する気も起きない。白崎はゆっくりと立ち上がり、口に貼られたガムテープを剝がしてから再び帰路についた。

 まったくとんだ一日だった。

 これからはもう少し気を付けて夜道を歩かなければならない。増してや右腕の完治まではまだしばらくの時間が掛かるのだ。用心するに越したことはない。

 その日はシャワーを浴び、痛む全身と性器を気に掛けながら眠りに就いた。

 幸い、悪夢などは見なかった。


 長い髪の優男に声を掛けられたのはそれから三日後のことだった。

 大学での講義が終わり、本屋にでも寄って帰ろうかと白崎が考えていた頃のことだ。

 白崎はその優男に見覚えがない。大きくもないが小さくもない大学だ。見たことのない学生などいくらでもいる。

 見てほしいものがある、と優男は唐突にスマートフォンに保存された画像を白崎に見せつけた。

 暗く、多少画像も荒れていたが、スマートフォンには後ろから犯されている白崎の姿が写されていた。

 まさか撮影されていたとは思っていなかった。

 白崎は少し動揺したが、わざわざ他人の会話を気に掛けるほどには大学生も暇ではない。周囲の学生は誰も白崎たちに注目していないようだった。

 優男は満足したように頷き、付近にあるが大学生が寄り付くことのない小さな公園の公衆便所に白崎を連れ込んだ。

 公園が好きなのかい? とは思ったが白崎はそう訊ねたりはしなかった。別にどうでもいいことだ。

 優男は井上と名乗った。偽名かもしれないし別に偽名でも構わなかった。そんなことは重要ではない。

 白崎が何を口にするまでもなく、井上は興奮した様子でまくしたてた。

 大学で白崎を見かけてからずっと狙っていたこと。白崎が右腕を骨折したのをいい機会だと思ったこと。三日前に飲み会があることを知り、その帰り道に白崎を犯すと決めたこと。

 なるほど、そうか。とだけ白崎は思った。三日前の性的暴行は突発的ではなく計画された犯行だったということだ。そう言えば井上の背格好も三日前の見知らぬ男と似通っていた。

 女に人気がありそうな顔をしているのに自分を狙うなんて珍しい男だと白崎は思う。

 しかし、そうなると井上のこれからの要求は分かり切っている。

 白崎は小さく嘆息し、公衆便所の中で三回犯されてあげて求められるままにキスもしてやった。


 そうして白崎は週に三回、井上に性的暴行を受けながら現在に至る。

 白崎が抵抗しないのを見て、井上は次第に大胆になっていっていた。最初の頃こそ密室や人気の無い所でしか行為に及ばなかったが、今では大学の構内でも隙あらば白崎を犯そうとするほどだ。人前であってすら軽く尻を揉んだりなど日常茶飯事だった。

 完全にいい気になって油断し切っている。そろそろだ、と白崎は考える。

 井上は知りもしない。白崎の右腕の骨折がほぼ完治しているということを。白崎の右腕が骨折した理由を。

 約二ヶ月前、白崎は受け身に失敗して圧迫骨折した。柔道サークルの乱取りでの不慮の事故だった。兄貴との柔道に熱が入り過ぎたのだ。右腕が治ってしまえば優男の井上など簡単に締め落としてしまえるのだ、白崎は。

 そして、調子に乗り切っている井上は完全に勘違いしてしまっている。白崎が抵抗しないのは、性的暴行を繰り返すことで井上に好意を持ち始めたからだと。

 そんなはずはなかった。白崎が井上に抵抗しなかったのは物珍しさからと、たまにはネコになってみるのも面白いかもしれないと思ったからだった。

 白崎とて自分の性的嗜好に迷いもする大学生なのだ。多くのことを試してみたい気持ちはかねてからあった。だから好都合だったのだ。井上のような優男が自分を性的暴行の対象に選んだのは。

 そして一ヶ月、白崎は気付いてしまった。結局白崎は根っからのタチであり、井上のような優男は好みのタイプではないのだと。やはり白崎は兄貴のような屈強で男らしい年上が好きで、それはどうやっても変えようのない事実なのだった。

 兄貴と会おう。白崎はそう強く決心する。右腕を骨折した時から疎遠になってしまっていたが、白崎はやはり兄貴が好きなのだ。井上のおかげでそれを強く実感できたことは感謝している。

 だが、白崎はその前にしなければならないことがある。

 今日、白崎は井上の自宅に呼び出されている。またいつものように白崎に性的暴行を行うつもりなのだろうが、今日はそうはいかない。白崎は井上をほぼ完治した右腕で締め上げる。戸惑う井上をこれまでと逆の立場で犯してやる。これは何もこれまでの恨みからではない。井上にも本当の自分を教えてやるためだ。井上はずっとタチだけやって生きてきたに違いない。それくらいは白崎にも分かる。だが井上もそんな自分にしっくり来ていないに違いない。だからこそ白崎のような大柄な男を狙って自分の性的嗜好を試したかったのだろう。本当に自分がタチなのか確かめたくて。だから、そう、白崎は井上の身体に教え込んでみせるのだ。

 感謝と、

 ほんの少しの仕返しを兼ねて。

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ダウンタイマー 猫柳蝉丸 @necosemimaru

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