第2話:花車
「ウガァァァァッッ!!!」
「…っ!」
逃げろーそう旭が絞り出した次の瞬間、彼の様子が変わった。雄叫びをあげゆらりと立ち上がり、うめき声をもらす。周囲の鉄屑が熱で溶け出し、変形していく。炎を纏った彼は、目の前の獲物を捉えた。
「ウガァッ!」
「おっと」
掴みかからんと伸ばされた旭の腕をすんでのところでよける。近寄るだけでもわかるほどに熱い炎が彼にまとわりついている。
「こりゃ当たったらひとたまりもないね」
旭の猛攻をかわしながら一気に距離をとり、崩れた鉄屑の山の裏へと身を隠す。旭には急に姿が消えたように映るだろう。
(ひとしきり暴れたら力尽きて収まるんだろうけど…)
ー「俺が、もうこれ以上壊れたくないんだ……」
そう告げた彼の顔がよぎる。今も苦しげな声を上げながら炎に蝕まれている。
「それじゃぁ、しんどいよね。」
助走をつけて一番高い鉄の山の頂点へ飛び乗る。標的を見失い狼狽えている彼を仁王立ちで見下ろした。
「ほらほらこっちだよ。あーさーひくん?」
煽られているのはわかったのか、先ほど前とは桁違いのスピードで駆け上がってくる。それを1歩も動くことなく待ち受けた。
「ヴグァァァッッ!!」
旭はあっという間に頂上にたどり着き飛びかかってくる。それでもまだ動かず、されるがままに押し倒された。
「ウガァッッ!」
食い尽くさんと旭が牙を向いたその時、ニッと口角をあげてみせる。
「捕まえた」
旭の動きが止まる。手から伸びた無数の透明なワイヤーが彼をからめとっていた。抵抗するもワイヤーは切れることも緩むこともない。もがきうめく旭のにおもむろに口を開いて語りかけた。
「この世界にはね、ありとあらゆる"バグ"が存在する。コンピューターの中にも、自然界にも、人間の体の中にも、ね。」
旭の熱で周囲の鉄が溶け始め、蜃気楼が立ち上る。それでもなんてことないように語り続けた。
「同じように、人間という"種全体"にもバグである個体が存在する。歴史上、彼らは色んな呼び方をされてきたけれど…」
「今はこう呼ばれているー突然変異能者、ミュータント、ってね」
そう口にした直後、炎に包まれた旭の頬に手を伸ばし、掴んで自分の顔に引き寄せる。
「ヴガ…」
「ボクの目をよく見て」
長い前髪に覆われた左目と、それとは裏腹にはっきりと夜空を映し出す右目の双眸が旭を捕らえる。
その途端、旭に流れ出したのは暖かな記憶。
「父さん…母さん…」
そこに見えたのは、いつもの笑顔で旭を迎える両親の姿だった。
「父さんっ…母さん!!!」
二人に駆け寄り、せきをきった様に泣きじゃくる。それを二人はそっと抱き寄せた。陽だまりのような暖かさと懐かしい匂い。そのぬくもりに、旭はそっと目を閉じた。
「おっと」
今まで暴れていた旭が一気に脱力したことで、ガクリと彼の頭の重みがのしかかってくる。彼に絡まっていたワイヤーを解き、そっと受け止めた。
「ゆっくりお眠り。」
まともに寝れていなかったのだろう。やつれきっているが、今は穏やかな顔をしている。
「終わりました?」
そこに下から声をかけたのは全体的に色素の薄い眼鏡の青年。
「お疲れさまぁ」
そして音もなく背後に降り立ち、ねぎらいの言葉をかけたのは、女性にしては長身の茶髪の人物。
「終わったよーハクト。タマネ、悪いんだけど彼、運んでって貰っていい?」
「わかったわぁ」
タマネ、と呼ばれた彼女は軽々と旭を脇に抱えて鉄の山から飛び降りる。それに続くように地面に降りると、ハクトと呼ばれていた青年が近寄ってきた。
「彼、どうするんです?ソラ。」
「ま、マスターの指示待ちかな。ボクらの手に負える話じゃない。」
ソラ。これがこの人物の名だ。ソラは旭の顔をのぞき込みながらフッと笑ってみせる。
「帰ろうか、ボクらの家に。」
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