2.確信犯たち――バナナに化けて

「なんだ。結局、これだけか」

 鼻の根元にシワを寄せて、一番小柄な少年が不満そうに言い捨てた。

「しかも……お前らかよ。頭痛い」


 そう言った少年は、戦隊ものの登場人物みたいな、いかにもスペースジャケットっぽい光沢のあるツナギを着ている。着こなしが分かっていないのか、単に圧迫感を嫌っているのか、それとも自分ではカッコいいと思っているのか。だらしなくはだけた胸元に、少年たちに大人気の『ミラーズ戦隊』のヒーローが描かれていた。レッド。間違いなく、光線銃を構えた決めポーズだ。


「何よ、私のどこが不満だってのよ」

 くるくると、美容院で巻いたかのような内巻きカールを、耳の上で大きなピンクのリボンでまとめた女の子が、唇を尖らせる。

「同志は約束を守るんだよ」

 おっとりとした口調で遊星が言った。


 たかしは、普段から遊星ゆうせいをミラーズ・イエローにしてしまう。いつものノリで遊星を指さした。

「同志って気持ち悪いこと言うなよ、黄色(イエロー)」

 そして続けた。

「言っとくけど、レッドは一人でも組織(ディアハート)と戦えるんだぜ。ほかは足手まといになって、話を盛り上げるために一緒にいくってだけ。ホントは待っててもいいくらいだ」


「何よ。また遊星くんを勝手にイエローにして。まさか、崇、今日もレッドする気? 不公平って言うんだよ、そういうの」


「ったり前だろ。オレと遊星なら、どー考えてもオレがレッドだろ」

「崇……アンタって本当に最低」

 遊星は、笑ってうなずいた。

「良いよ。美咲みさきちゃん。ボクと崇くんなら、やっぱ崇くんがレッドだよ」


「それみろ……。文句言うなよな。女子のくせに」


 美咲は左利き。平手は崇の右頬を直撃した。


「美咲ちゃぁん……。暴力はよくない」

 どことなくぼーっとした口調の遊星がたしなめる。


「遊星くん。崇みたいな単純な考えなしが、リーダーなんか出来ると思う? 私は遊星くんの方がリーダーに向いてると思うな。自信持ってよ」


 遊星は、にっこりと穏やかに微笑んだ。

「ありがと。でもさ、崇くんがピクニック計画立てたんだから、やっぱり今日のリーダーは崇くんになると思うな」


 崇が我が意を得たりと、ニヤッと笑った。

「遊星、リーダーってのは止めとこうぜ。校外学習行くみたいじゃないか。冒険なのにさ」


「あ……、そだね。じゃ、コードネームにする?」


 崇は鼻の頭をちょいちょいと掻きながら少し思案顔になった。それから、いかにも照れくさそうに小声で言った。

「…レッドじゃ、……ダメ?」


 遊星は、にっこりと笑った。

「いいよ。ボク、ブルーも好き。ブルーにするね。美咲ちゃんはピンクでいい?」


 美咲は大人びた仕種で肩をすくめて、首をわざとらしいくらい大げさに振った。

「ホント、男の子たちってガキね。私、ピンクなんて嫌よ。あんなキャーキャー騒ぐしかできないくせに、そもそも戦隊(ミラーズ)に入ってるってのが許せない」


「なんだよ、美咲。お前、ガキって人のことすぐバカにする癖に、自分だってミラーズ見てんじゃん」


「大人は付き合いを大切にするのよ。アンタたちと遊んでるんだから、ミラーズくらい見てないと話できないじゃん。楽しんでるわけじゃないよ。……えっとね、わたしカシスさまがいい!」


 崇と遊星がずっこけた。こけたままこっそり顔を見合わせて、「趣味が悪い」とアイコンタクト。カシスさまというのは悪の組織・ディアハートの女マッドサイエンティストの名前だ。いろんな動物のキメラを作っては、超能力を持たせて、いつもレッドたちにけしかけてくるイヤな奴だ。先々週の精神を支配するイヌサメンタルはえぐかった。


 崇は腕を組んで、断固としたふうで言い切った。

「……了解。美咲のコードネームはカシスで決定」


 美咲が小さくガッツポーズを作った。


「ところで、崇くん。本当に大丈夫なんでしょうね。この遠足。今更だけど」

「美咲、怖いのかよ」

 崇はふんぞり返った。

「当たり前でしょ。荷物じゃないんだから、私たち」

「だからサンガとライダープールをつないでるシュータは、人用と物用に分かれてないんだ」




     * * *




 体育館の壁かっていうくらいめちゃくちゃ大きなスクリーンに、3人の女性と2人の男性。崇にとってよく知った顔もあれば、そうでない顔もある。真ん中で鬼のような形相をして、肩で息をしているのが崇のママだ。激怒しているのは間違いない。たぶん、崇の長い怒られ人生の中でも、最上級のお説教タイムが予約済みになったことは明白だった。


 でも……。崇は、帰ったあと一番長く怒られ続けるのは遊星だと思った。めちゃくちゃ怖そうなおじさんがいて、それが遊星のパパと思ったからだ。「パパは凄く厳しい」んだと、前に遊星がぼやいてたことがあった。なるほど。あの顔なら一週間くらい楽勝で怒ってそうだ。チームの中で、帰ってから一番長く危険なのは遊星に違いない。


 美咲のママは、ミラーズピンクみたいなお姉さんで、すっごくきれいだ。赤ちゃんを抱いて、あんまり見たことがないおじさん――多分美咲のパパに肩を抱かれている。


 ああしていればかわいく見えるけど……。崇は思った。美咲のママはいつもおこりんぼだ。公園に美咲を迎えに来たときなんか、いつもこっちを見たとたんになんか言ってくる。ほんと、最悪だ。

 元気よく街区の公園を出発した崇たち、レッド、ブルー、カシスの3人組は、生鮮食物の補給物資が入ったコンテナに侵入し、元の荷物とすり替わる作戦をとった。コンテナが閉じられる前に見つからなければ、大成功間違いなしのはずだった。閉じ込められている時間はたぶん3時間くらい。計算では手持ちのスペースジャケット用の空調ユニット(市販の安物だけど)でも、そのくらいは楽に耐えられる。コンテナがテラGが採用されているライダープールへ繋がるゲートに着く。そうしたら今回の冒険の行き先、ライダープールに到着だ。


 青く輝いて浮かんでいる地球は、人類の大切な財産だと小学校でも習う。そして、そこに住んでいる特別な人たちのことを「幸いなる少数」と呼ぶ。

 その地球とコロニーを結ぶために、大気圏という難関を越えて飛ぶのがシャトルライダーだ。


 宇宙植民地(スペースコロニー)間を移動する宇宙船よりも、ずっと危険で、つまりずっとカッコいい。だから彼らは、少年たちの憧れなのだ。

 宇宙港都市サンガは、シリンダー型の島3号。内側に沿って街が張り付き、緩やかに回転することでほぼ火星と同じMG《エムジー》を出している。この街の付属施設がライダープール。地球と行き来する人たちのために、テラGが出せるようにできている。ドーナッツ状のスタンフォード・トーラス型(島2号)だ。この回転軸でライダープールはサンガと繋がってはいる。だが、この2つは完全に独立した別の建造物だ。

 ライダープールの回転軸からドーナッツ型の居住区に向かって強度補強の意味も持っているスポーク様のチューブが無数に伸びている。生活物資を積んだコンテナは、この回転軸の中央付近にあるハブにシュートされ、そこで仕分けされる。それからスポークを通ってそれぞれの居住区に運ばれるという仕組みだ。

 ライダープールの回転軸付近はもちろんゼロG。MGやルナG(月の重力)よりもはるかに軽い。体が浮きっぱなし、重量物は固定必須の世界だ。そして、ライダープールの居住区に近づくほどGは大きくなる。

 万が一侵入したコンテナが保管されてしまうと、しゃれにならない。見つかったときは死後数か月という事態に陥りかねないから、保存と冷凍が効かないフレッシュフルーツ(中でも超絶傷みやすいバナナ)に化ける。これが崇が計画した遠足だった。


 計画そのものも単純だった。目的地は「憧れのライダープール」。けれど、子どもが隠れてコソコソするには限界がある。ご飯も食べられないし、トイレにも困るんじゃ楽しくない。だから、すぐに絶対に発見されるようにする。見つかっても、即送り返されたりはできない。ライダープールには168時間ルールというのがあるからだ。


 地球のイキがよい病原体をコロニーに持ち込まないよう、ライダープールから一般居住区に移動するには、総合ワクチンを接種してから、テラ時間の7日間を潜在保菌者として過ごす。『ライダーの秘密』に書いてあったんだから間違いない。何らかの病に罹患して発病しないかどうかを待つのだ。さっさと見つかってワクチンを打たれる。それから一週間が楽しいピクニックのはずだった。憧れのテラGでエラい目に合わないように、高学年からしか使えない、中央総合児童館のテラGルームに日参した。テラGツアーは人気のプログラムだから、さんざん並んだ挙げ句に数分で入れ換えられる。この計画のために、欠かさず訓練に臨んだ。この夏休みは全て訓練に費やしたといっても過言でない。毎日、児童館で遊び倒していたなんて、ママの誤解も良いところだ。


 計画は完璧だった。チームはよくやった。ただ誤算があった。児童館のテラGルームは、本当のテラGではなかったのだ。いつものMGに毛が生えた程度の低重力。高学年からしか使えないなどともったいぶった割に、完全に子ども騙しだったのだ。彼らの思惑にとっては不幸で、命にとっては幸いなことに、3人の子どもたちは居住区に至る前の一時食品保管用のパントリーでコンテナが開梱されたときに発見された。テラGには及ばないながら、急激な加圧による、いわゆるテラGショックで3人とも、意識を半ば失った状態だった。


「ですから、一応プールの職員と接触してしまったわけですから、168ルールは、はい、お子さんでも例外というわけにはいきません」

 崇が知らないおじさん――多分ライダープールのお巡りさん?――の説明に、真ん中にいたママが声を荒らげた。

「小学生に一週間も学校を休めと仰るんですか? そうでなくても、やっと夏休みが終わったところですのに……」

 おじさんはママの主張を無視して続けた。

「ですから、何度もご説明していますとおり、コロニーに地球の病原菌をばら撒くと、パニックを誘発するどころか、最悪、カタストロフィーを招きます。ご心配も分かりますが、少々の学業の遅れには目を瞑っていただかないと」

 ママの目がつり上がった。


「それより、……あの、……娘はテラGで無事に?」

 そこに美咲のママが割り込んだ。

「発見当初は、正直、必ずしも無事とは言えない状況でしたが……、そうは言ってもテラGでつぶれたわけではありませんので、ご心配には及びません。今も、MGと殆ど一緒のGレベルの中段倉庫で過ごしてもらってますので、……はい。今は落ち着いてますよ。その点はご安心ください」

 そうなのだ。彼らの計画通りでなかったことで一番大きかったのがコレだ。カッコいいライダーさんたちが闊歩するプールで遊ぶつもりでいたけれど、テラGは、ほんとうにとてつもなくテラGだった。

 体中がぺしゃんこにされるかと思った。息もできなかった。気がついたときは、部屋にいた男の人から、スポークの補強も兼ねている物資保管倉庫にいるんだと教えてもらった。回転軸に近いから重力も小さく保たれているんだそうだ。あれでテラGじゃないなら、テラGってとんでもなく凶悪だ。ライダー・プールは遠かった。ここにはライダーさんたちはいない。僕たち以外、誰もいない。お仕置きとして閉じ込められてるんじゃないかと疑うくらいだ。


 憧れのライダープールは見てもいない。たどり着いてもいない。目指しただけじゃ、冒険は言えないだろう。崇は冗談めかして「ピクニック」と言っていたが、心意気は冒険のつもりだった。

 これから一週間、チームのメンバーは、帰還後に上層部(親)から受けるだろう数々の叱責をどう言い抜けるかシミュレーションしながら過ごさなければならない。しかも、総合端末の前に大人しく座って、学校の遠隔授業を受けよとまで厳命された。放課後が無くなっただけでピクニックにもならなかった。最低だ。


「全く、いつも友だちは女の子にしなさいと……言っているのに、崇くんたちと……。こんなバカなこと……しでかして。ねぇ、美咲、聞こえてる? ママ心配してるのよ」

 ため息をついた美咲が答える前に、乱暴に崇の母が割り込んだ。

越智おちさん……。お言葉ですが、美咲ちゃんももう高学年なんですら、自分で決めたことでしょう。何もかも人のせいにしていると、ろくな大人になれませんよ」

 うわ、これまずいやつ。美咲のママが爆発した。

「崇くんのママがいつもそうやって、自発的、自発的と野放しになさるから、野放図になるんです。おたくのお子さんが、こんなことをそそのかしたんですよ。少しは反省なさったらどうなんです? 独立心が旺盛なのと、規律に無頓着なのは違います」

「なんですって?」

 ママは美咲ママに掴みかかりそうな雰囲気になった。そのとき、ちょっと太った遊星のママが割り入った。


「まぁまぁ、越智さんも、塩屋しおやさんも。子どもたちが無事だったんですから、良しとしないと。私たちも頭に血が上ってますもの、少し落ち着きましょうよ。叱るのは、帰ってきてから顔を見て、でいいじゃありませんか?」


 遊星のママを見ていると、あいつがのほほんとしている理由がよく分かるよ。ちょっと羨ましいかな。……仕事をしてないで、いつも家にいるのも……。崇はこっそり思った。

「良いよなァ……。遊星のママ」

 こっそりどころか、口から言葉もこぼれ出た。


 うちのママと美咲ちゃんのママはいつも事あるごとにぶつかっている。ママは仕事を持って一人でぼくを育ててくれている。ママは子どもを人形のように飾りたててお稽古ごとに追い立てるなんて、美咲ちゃんのママはおかしいと、いつも言う。美咲ちゃんのママはぼくが乱暴だっていうし、片親で愛情が足りていないからだって平気で言う。あの二人が上手くいくはずがない。

 子どもたちだって、自分たちの感じるところで友だちを選んでいるのだから、親は取り敢えず自分の好き嫌いは抑えましょうよとかって、いつも穏やかにとりなしてくれるのが、遊星のママだ。


 崇の呟きに美咲が同意して頷くと、遊星が首を激しく振った。

「あんなふうに、落ち着いてる時が一番怖いんだ……ママ、マジで怒ってるよ……。帰るの……やだな」

「最低の……ピクニックになっちゃったよ……ね。ブルー」

 美咲は帰るまでは冒険モードを解除するつもりがないのか、遊星をブルーと呼んだ。遊星もニコッと笑う。

「カシスのママも……相変わらず、けっこう言うよね。怖い……」

 遊星が言い終わらない内に、憤慨している口調で崇が割り込んだ。

「オレの母ちゃんが一番凶悪に決まってるだろ!」

 一瞬きょとんとしてから、呆れたように遊星が呟いた。

「崇くんは何でも一番がいいんだね……」


「そんな一番、嫌だぁ……」

 美咲がお腹を抱えて笑い転げた。この音が向うに聞こえているとしたら、ヤバいよなぁと思いつつ、つられて崇と遊星も笑いだしてしまった。


 崇は思う。最低で、全然予定通りじゃなかったピクニックだったけど、バナナを放り出してコンテナにもぐり込んだのは楽しかった。遊星と崇が悪いことついでにとバナナを食べはじめて、時間がないでしょって怒った美咲だって、ちゃっかりバナナを齧ってた。

 いつ見つかるかとドキドキした。回転軸から打ち出されたときのすごい加重。体じゅうをぐわーんって押しつぶしにきたあれは、遊園地のコースターの十倍はすごかった。

 必ず行こうって児童館のテラGルームで約束したのに、臆病風に吹かれて公園に現れなかった腰抜け連中なんか知るものか。

 美咲も遊星も信頼できる友だちだ。ちょっとうるさいのと、落ち着きすぎてるのとが玉に傷だけどね。


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