【06】香山治郎からの事情聴取

鮫島食品の冷凍倉庫前で桜井信一郎さくらいしんいちろうの死体が発見された日の午後。

天宮於兎子てんきゅうおとこ真田俊一さなだしゅんいちは再び鮫島食品本社を訪れていた。

目的は総務部長の香山治郎かやまじろうに対する事情聴取を行うことだった。


前日と同じ応接室に通された天宮たちは、5分ほど待たされた後、姿を現した香山と挨拶を交わすと、互いに対面で席に着く。

「既にお聞きになっていると思いますが」

ソファに腰を下ろした天宮は、そう言っておもむろに訪問目的を述べ始めた。


「御社の桜井信一郎さんが今朝がた、遺体で発見されました。

場所は桑原さんの遺体が発見された倉庫前です。


桑原さん及び桜井さんの死亡状況を踏まえて、我々警察ではこれを一連の殺人事件として捜査を始めております。

それに関連して本日は香山さんから幾つかお伺いしたいことがありますので、ご協力をお願い致します」


香山はその言葉に無言で頷いた。

その様子を見た天宮は、早速質問に入る。


「まずお訊きしたいのは、お二人の死体が遺棄されていた冷凍倉庫の暗証番号の件です。

管理人の山村さんからお聴きしたのですが、香山さんの指示で昨日暗証番号が変更されたということでした。

それで間違いありませんか?」


「間違いないですね。

私の指示で変更させました」

「変更を指示された理由をお聞かせ願えますか?」

天宮が香山の返事にすかさず畳み込むと、彼は少し鼻白んだ様子を見せた後、その問いに答えた。


「刑事さんが何を疑っておられるのか分かりませんが、我社としては食品倉庫内で死体が発見されたことを非常に危惧しております。

世間の印象というものがありますからね。


現にネット上では、無責任なデマ情報が出回り始めているようです。

我社の製品に人肉が混じってるなどという、根も葉もないデマです。


ですから二度と倉庫内に変な物が入らないように、処置しただけです。

それだけの理由で他意はありませんよ。


元々あの倉庫は、月初に暗証番号を変更するシステムになってるんです。

それを早めただけなんですよ」


憤然とする香山の言葉を聞きながら、彼が桑原の遺体を「変な物」と表現したことに、天宮は違和感を覚えずにはいられなかった。

そして昨日角谷から聞いた、彼と桑原が犬猿の仲だったという証言に信憑性を感じたのである。


「これも山村さんからお訊きしたことですが、倉庫の暗証番号をご存じなのは、管理人のお二人と香山さんだけだそうですね。

これも間違いありませんか?」


「間違いないですね。

暗証番号は手動でも変更できますが、通常は月初の午前零時になると、管理システムが自動的に変更する運用になっているんですよ。

そして変更された番号が、システムからメールで管理人と私に送られてくるんです」


「成程。通常でも暗証番号は月に一度変更されるんですね。

承知しました。

ところで暗証番号が、他の社員に漏れることはないんでしょうか?」


「少なくとも、私から洩れることはありませんね。

私は自席を離れる時は必ずパソコンをロックしますから、他の社員が私のメールを見ることは出来ません。


管理人の二人については、社内規定で漏らしてはならないとなっているとしか答えようがありませんね。

今回のように、何かあった時に疑われるのは自分たちですから、そんなことはしないと信じたいですが」


香山の返答を聞きながら、天宮は彼の厳格で神経質な性格が、言葉の端々に現れているのを感じていた。

そして香山を手強い相手と認識し、気を引き締めて次の質問を投げ掛けるのだった。


「それでは質問を変えますが、桑原さんのご遺体が発見された日の前日の夜7時から10時までの間、香山さんはどこで何をしておられましたか?」

その質問を受けて香山は苦笑を浮かべる。

恐らくそれを予測していたのだろうと、その表情を見た天宮は思った。


「私のアリバイ確認ということですか。

その日は刑事さんもご存じのように全社<ノー残業デイ>でしたから、私も早々に帰宅して家におりましたよ。


しかし残念ながら、それを証明してくれる者はおりません。

何しろ私は妻を早くに失くして、子供もいない独り者ですので」


「不躾な質問をして申し訳ありませんでした。

これも事件解決のためですので、ご了承下さい。

そして不躾ついでですが、昨晩についてもお伺いしてよろしいでしょうか?」

天宮が冷徹な刑事の顔で質すと、それに対して香山も挑戦的な笑顔で応える。


「昨日は夜8時頃まで会社で仕事をしていました。

二人残業していた社員がいますので、そちらに確認してもらえばアリバイは証明できると思いますよ。


会社を出た後はこの近くの蕎麦屋に寄って、夕飯を採りましたね。

そして帰宅して風呂に入って寝ました。

こちらの証人はいませんけどね。


それにしても刑事さんは、何故私を疑っておられるんですか?

暗証番号の件が理由ですか?」


そう言って冷笑を浮かべる香山に、天宮は思わず身構える。

中々真意を読ませないその表情に、益々手強さを感じたからだった。


「理由の一つは、暗証番号です。

しかし率直に申し上げると、別の理由があります。


昨日の事情聴取の際に社員のある方からお聴きしたのですが、香山さんと亡くなった桑原さんとの間で、トラブルがあったそうですね?」


「成程、そういうことですか。

ではこちらも率直にお答えしますが、それは事実です。


どこまでお聴きになったかは知りませんが、私の部下と桑原の部下の桜井の間で、経費処理に関するトラブルがありました。

非は桜井にあったのですが、桑原の介入で部下だった潟田かただという社員が不当な扱いを受けることになったのです。


そう言う意味で、私が桑原と桜井に対して憤慨していたのは事実です。

しかしそれが殺人の理由になるかと言えば、答えは当然ノーですね。


そんなことで人生を棒に振る程、愚か者ではないつもりですよ。

尤も、刑事さんたちは人を疑うのが仕事かも知れませんので、信じていただけるかどうかは分かりませんが」


「仰る通り、警察としてはあらゆる可能性を視野に入れて捜査を行いますので、もしご不快にさせたのであればお詫びします。

ところで今香山さんの部下の潟田さんという方が不当な扱いを受けたと仰いましたが、具体的にどのような扱いを受けたのでしょうか?」


その質問を受けた香山の表情に、一瞬だけ警戒の色が浮かんだのを天宮は見逃さなかった。

そしてその表情の変化から、潟田という人物に何かあると直感したのだ。


「潟田は既に退職しています」

「退職されたのですか?

それはそのトラブルというのが原因ですか?」

「退職の理由は分かりません。

その時点で彼は、私の部下ではなくなっていましたので」


「それはどういうことでしょうか?」

畳み込むように訊く天宮に、香山はややたじろぎながら答えを返す。

「退職時には、他部署に異動していたんですよ。

異動して間もなく退職したと聞きました」


そう答える香山の口調は、先程とは売って変わって歯切れの悪いものだった。

それに反して天宮の追及は、益々鋭さを増していく。


「では潟田さんの異動先と異動日、退職日を教えて頂けませんでしょうか?」

その質問に香山は大きく溜息をついた後、仕方がないという表情で口を開く。


「潟田の異動先は、事件のあった冷凍倉庫です。

異動日は今月の一日。

退社日は正確には分かりませんが、異動の数日後と聞いています」


その答えを聞いて天宮と真田は、驚いて顔を見合わせた。

いきなり有力な容疑者が浮上したと思ったからだ。


「今お聴きした内容は、非常に重要な情報と考えます。

確認ですが、潟田さんも倉庫の扉の暗証番号を知っていたということですね?」

「彼が管理事務所に異動してから、番号を知ったかどうかは私には分かりません。

事務所にいたのは短期間なので、知らなかった可能性も高いと思います」


益々歯切れの悪くなった香山の返事を受けて、天宮は束の間考え込んだ。

そして自身の中の興奮を抑えるように、努めて冷静な口調になって口を開いた。


「分かりました。

その件につきましては、管理人のお二人に確認してみます。

そして一つお願いなのですが、潟田さんの住所を教えて頂けませんか?」


「彼の住所は調べないと分かりません。

後程お知らせするということでよろしいですか?」

その答えに頷いた天宮は、そこで香山からの事情聴取を切り上げることにして、協力への礼を述べる。


そして香山の証言の裏付けをとるために、彼に依頼して総務部の社員を呼んでもらい事情を訊いた。

その結果、彼が証言通り午後8時頃までは会社に残っていたことが判明した。


更にその後天宮たちは桜井信一郎の昨夜の行動について、営業部の社員から聴取を行った。

その社員の証言によると、桜井は昨夜10時頃まで会社に残って業務を行っていたようだ。


もう一つその社員の証言から明らかになったことは、桜井が桑原同様にマイカー通勤を行っていたということだった。

そして会社の駐車スペースを調べてもらうと、彼の車はそこに見当たらないということが判明した。

つまり桜井は、桑原と同様に自身の車で倉庫まで運ばれ、遺棄された可能性が高いと考えられるのだ。


事情聴取を終えた天宮と真田は、帰り際に香山から潟田信かただまことの住所を記したメモを受け取ると、鮫島食品の本社を後にして〇山署に帰庁した。

そして天宮たちが持ち帰った情報は、捜査本部を一気に活気づかせることになったのだ。


報告を受けた捜査本部では、潟田を事件の重要参考人として聴取するために、即刻天宮と真田を彼の自宅へと派遣したのだった。

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