【05-2】第二の凍死事件(2)

その朝鮫島食品冷凍倉庫の管理人である山村静雄やまむらしずおは、いつも通り午前8時30分に管理人室に出社し、倉庫の点検に向かった。

彼の役割は倉庫の施錠管理であり、主に製品の入出荷時に電子錠によるセキュリティを解除し再設定することと、倉庫内温度の確認だった。


それだけ聞けばかなり暇な業務に聞こえるが、実際はかなり頻繁に製品の入出庫が行われることと、倉庫内に設置された数十個の温度計の記録確認を日に5回実施しなければならないため、それなりに忙しかったのだ。


この日も山村は管理事務所で出勤時の打刻を行うと、備え付けの防寒着を羽織って今日一回目の温度確認に向かった。

そして彼が倉庫前まで来た時、扉の前に横たわった異物を発見したのだ。


それは明らかに人間であり、数日前に冷凍倉庫内で発見したのと同様に、物言わぬ遺体に見えた。

山村は逃げ出したくなる衝動と必死で戦いながら、その遺体と思われるものに近づいて行く。


そして「もし、大丈夫ですか?」と、一縷の望みをかけて声を掛けたのだった。

しかしその横たわった人から返事はなく、仕方なしに間近まで歩み寄った山村は、地に伏せたその顔を見て、すぐに絶命していることを悟った。


――何で寄りによって俺が早出の日に限って。

山村は泣きそうな気分で携帯電話を取り出すと、110番通報を行うのだった。


***

〇山署からの連絡を受けた鏡堂班の三人は、真田俊一さなだしゅんいちが運転する車で現場に到着した。

その時既に所轄の〇山署から数人の刑事たちが現着しており、鏡堂達哉きょうどうたつやたちと前後して県警の鑑識班も到着して、慌ただしく実況見分が開始された。


冷凍倉庫前に横たわった遺体は、前日に訊き込みを行った天宮於兎子てんきゅうおとこと真田によって、鮫島食品営業課長の桜井信一郎さくらいしんいちろうと確認される。


桜井の遺体は二日前に発見された鮫島食品営業部長、桑原康太くわはらこうたの遺体とよく似た様相を呈していた。

即ち体全体が凍結した状態で、地面に横たわっていたのだ。


桑原との違いは体表面が溶け始めていて、皮膚の弾力が戻っていたことであった。

これは桜井の遺体が倉庫内ではなく、倉庫の前に放置されていたため、外気温によって解凍された結果と考えられた。


遺体の実況見分は小林誠司こばやしせいじたち鑑識課員に任せ、鏡堂たちは第一発見者への事情聴取に当たることになった。

遺体の第一発見者である山村静雄には、一昨日に同じ現場で聴取を行っていたため、天宮たちとは互いに顔見知りになっていた。


山村は天宮を見ると、「ああ、一昨日の刑事さん」と言ってペコリと頭を下げる。

天宮も彼に挨拶を返すと、

「遺体発見時の状況についてお話を訊かせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

と極力相手を緊張させないよう、ソフトな口調で話し掛ける。


そして山村から訊き出せた内容は、彼が今朝8時30分に出勤し、すぐに内部の温度確認を行おうとして倉庫に出向いたところ、扉の前に遺体が放置されているのを発見したということだった。


「昨日は何時頃まで勤務されていたんですか?」

「私は6時まででしたが、もう一人は夜11時頃まで残ってたと思います。

工場から10時過ぎに製品の最終入庫がありますんで、早番と遅番の二交代制で回してるんですよ」


「念のためにお伺いしますが、工場からの最終入庫は毎晩行われるんでしょうか?」

「そうですね。

ただ一昨日みたいな<ノー残業デイ>は午後6時が最終になります」


「もう一人の方は、何時頃出勤されるんでしょうか?」

「遅番は午後1時半出勤になってます」

「そうですか。ありがとうございます。

出は後程その方から事情を確認させて頂きます」


そう言って天宮が訊き込みを切り上げようとすると、山村が不安そうな口振りで切り出した。

「一昨日は倉庫の中に入れてたのに、どうして今回は外にほっぽり出して行ったんですかね?」

「それはこれから捜査することになるのですが、山村さんに何か心当たりはありませんか?」


逆に天宮から訊き返された山村は、一瞬躊躇した後におずおずと口を開いた。

「もしかしたら扉の暗証番号を変えたせいでしょうかね」

「暗証番号を変えたんですか?

それは何時のことなんでしょうか?」


その答えに驚いて訊き返す天宮の勢いに、山村はたじたじとなる。

すぐにそれに気づいた天宮は、

「申し訳ありません。

驚いてしまったものですから、つい」

と、素直に詫びた。


「いえ、いいんです。

暗証番号を変えたのは昨日の朝なんです。


一昨日あんなことがあったんで、総務の香山部長から命令があって。

番号が漏れてるんじゃないかと言われたんですよ。


私らが疑われてるみたいで、あんまり気分は良くないですけど。

上からの命令ですからね」


「それで暗証番号が変更になったのをご存じなのは?」

「私ら管理人と香山部長だけです。

だからあの死体を捨てて行った奴は、暗証番号が変わっていて扉を開けられなかったんじゃないですかね」


その時二人のやり取りを聞いていた鏡堂が、口を差し挟んだ。

「間違った暗証番号を入力した記録というのは、残らないんでしょうか?」

「ああ、それでしたら管理事務所のパソコンから見れますよ。

見られますか?」


「是非お願いします」

鏡堂はそう言って山村を促すと、揃って管理事務所に向かった。

事務所のパソコンは既に立ち上がっていて、山村がマウスを操作すると、ディスプレイ上に暗証番号入力のログが一覧となって表示される。


「ああ、やっぱり昨日の夜の12時前に、誰かが間違った番号を2回入力してますね。

何だか、ここのシステムを知ってる人間っぽいですね」

「それはどういうことでしょうか?」

山村のその言葉に、鏡堂は即座に食いついた。


「扉の暗証番号は、3回連続で誤入力するとここのアラームが鳴るシステムになってるんですよ。

同時に警備会社に通報されるんです」


「つまり昨晩暗証番号を誤入力した者はそのことを知っていて、2回で思い止まった可能性があるということですね?」

「もしかしたら、偶々だったかも知れないですけどね」


「成程。分かりました。

念のためなんですが、山村さんたちが暗証番号を入力している際に、後ろからそれを盗み見ることが出来たりしないですか?」

「絶対ないとは言い切れませんが、私ももう一人もその点は気をつけてますんでね」


その答えを聞いた鏡堂は、他に質問がないかという意図を込めて、二人の部下を交互に見た。

そして二人が小さく首を振るのを確認し、訊き込みを切り上げる。


「山村さん、ご協力ありがとうございました。

また何かお気づきの点がありましたら、お手数ですが警察までご一報下さい。


それからもう一人の管理人の方に、昨晩の様子を伺いたいのですが、その方のお名前を教えて頂けませんか?」


「ああ、田中。田中三千夫です。

それじゃあ私から田中に伝えときますね」

「よろしくお願いします」


そう言って山村に頭を下げた刑事たちは、管理事務所を後にして遺体周辺で実況見分に当たっている同僚たちの元に歩み寄って行った。

三人に気づいた末松啓介は、「訊き込みはどうだった?」と鏡堂に声を掛ける。


鏡堂に目配せされた天宮が、山村から聴取した内容を掻い摘んで説明すると、聞いていた〇山署の刑事たちは一様に唸り声を上げた。

「つまり犯人ホシは昨日の晩、扉の鍵を開けられなかったから、遺体をここに放置していったということか」


「多分そうだと思います。

勿論警察の裏をかくつもりで、敢えて番号を誤入力したと疑えなくもないですが」

天宮のその言葉に真田が反応した。

「犯人がここのシステムを知ってる三人の中にいて、警察の疑いの目を逸らすためにやったってことですか?成程」


「まあ、その可能性も含めて捜査するしかないだろうな。

ところで遺体の様子はどうです?」

鏡堂が話題を切り替えると、丁度検案を終えた小林が立ち上がって彼に答える。


「一昨日のガイシャと非常に類似した遺体だね。

全身が凍結しているし、姿勢も見ての通り真っ直ぐ伸びた状態だしね。


気温が高くなってるから表面は溶けてるけど、多分同じ方法でやられたんじゃないかな。

これから司法解剖に廻すから、結果はすぐに分けると思うけどね」


小林の言葉を聞いた鏡堂と末松は、その場で役割分担について話し合った。

「引き続き鏡堂班は、鮫島本社の訊き込みに回ろうと思うんですけど、いいですか?」

「それでお願いします。

ここと工場の方の訊き込みはこっちで担当するから」


末松に頷いた鏡堂は、今度は小林に声を掛ける。

「鮫島本社から、今夜10時に工場が終業した後、冷凍装置の実況見分の許可が取れたから、鑑識班でよろしく頼みますわ」


「深夜残業かよ。まいったなあ」

「そう言わずに。俺も付き合いますから」

そう言って小林に笑い掛けた後、鏡堂は真顔に戻って天宮と真田に目を向けた。

「今日は是が非でも香山治郎かやまじろうを捉まえて、事情聴取をしよう。

俺は県警に戻った後、司法解剖の結果を聞きに行くから、お前たち二人で鮫島本社の訊き込みを行ってくれ」


鏡堂の言葉に天宮と真田は大きく頷いた。

三人それぞれの胸には、犯行を繰り返す犯人への怒りが闘志となって沸き起こっているのだった。

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