第24話 命の重み

第二十四話    命の重み



「こんにちは……」 三原屋に客人が訪れる。 鳳仙であった。


「こんにちは、鳳仙花魁」 出迎えた片山が、鳳仙を中に通す。


「梅乃と小夜は、どうですか?」 

「まだ横になってるよ。 会っていくかい?」 采が鳳仙に言うと、



「少しだけいいですか?」 鳳仙が頭を下げる。


「それで、なんか吹っ切れた顔をしているけど……なんかあったかい?」

 


「はい。 梅乃と小夜に、生きる力を貰いました……」 鳳仙が話し出すと、采は静かに目を閉じる。



「そして、生きていきたいと本気で思いまして…… 岩の手術をお願いに来ました」 鳳仙の目は本気だった。



「そうか…… アンタは最高の花魁だ。 また元気な顔を見せておくれ」

これは采も驚いていたが、この仕事をしている限りは仕方ないと分かっていた。



静かな雰囲気の中、梅乃と小夜が並んで寝ている枕元に来ると


「ありがとね~ 生きる大切さを教えてもらったよ」 鳳仙は、二人の頭を撫でている。



「さて、赤岩先生は……?」 


「奥の部屋だよ」 采は赤岩の部屋を指さすと



「先生、失礼しんす……」 鳳仙が、そっと戸を開ける。


「おや? 鳳仙花魁……覚悟を決めましたか?」

赤岩は、鳳仙の目の違いを感じ取った。



「はい。 お願いできますでしょうか?」 

「全力で……やらせていただきます」 赤岩の言葉に力が入る。




後日、赤岩は鳳仙楼を訪れていた。

「これが手術の説明書になります」 赤岩が提案した手術は、知り合いの病院を借りて行うものであった。



「よろしゅう……お頼みもうしんす」 鳳仙は、ゆっくり頭を下げると

「なにとぞ、鳳仙をお願いいたします……」 鳳仙楼の主人も頭を下げた。



(理解ある見世で本当に良かった……) 赤岩はホッとしていた。



「では、出血を少なくするので、お酒は飲まないでください。 一週間は飲まないでください」 


「はい……」 



それから一週間が経ち、



「お酒は飲まなかったですか?」

「はい。 飲んでいません」



「わかりました。 では外に向かいましょう」 赤岩と鳳仙が大門の前に来ると、四郎兵衛会所の者が立っている。 



「鳳仙花魁、証書です。 お気を付けて……」 そう言って、会所の者は道を開け、外へ案内すると



「外は、こんなだったのかぁ……初めて見た気がするよ~」 鳳仙は、子供のように はしゃいでいる。


「初めてですか?」 赤岩が聞くと、


「小さい時に売られたんだ…… それから吉原に居るから外は覚えていないんだ……」 鳳仙は、過去の辛い話しを明るく話していた。



そして鳳仙は振り返り、大門の前で両手を合わせる。

「……」 赤岩は何も言わず、済むまで待っていた。




移動してから時間が経ち、

「ここです」 赤岩が病院を指さすと



「ここって……」 鳳仙が驚く。

「はい。 私の実家になります」 赤岩が照れくさそうに話す。



「なら、安心でありんす……」 鳳仙がゆっくりと足を前に進めた。




     ●


そして吉原では

「おはようございます」 梅乃と小夜が目覚めると、



「さっき鳳仙が来て、お前たちの顔を見て帰っていったよ」

采が話すと、梅乃は赤岩の部屋に走った。



「失礼しんす……梅乃です」 赤岩の部屋の前で呼ぶが、部屋からの返答はなく



「お婆―っ、 鳳仙花魁は?」 梅乃は采の場所まで走った。



「なんだい、騒がしいね。 鳳仙なら赤岩と吉原を出たよ。 あんた、知っていたのかい?」 


「うん……」  梅乃はシュンとした。



(まったく……他所の妓楼にまで顔を利かせやがって……)

采は、梅乃の存在に驚いている。



長屋が家事になり、病気で臥せっている妓女が三原屋に戻ってきていた。



「ここは私が看ますね」 梅乃が采に言うと、

「お前、大丈夫かい? まだ体が戻ってないだろうに……」 心配している。



「ある程度は赤岩先生から聞いて、教えてもらいましたし。 もう大丈夫です」

そう言って、梅乃は二階の奥の部屋に向かった。



二階の奥の部屋は物置として使っている部屋がある。

宴席の小道具や楽器などが片付けられている部屋を改装して病人を休ませていた。



「姐さん、おはようございます」 梅乃は声を掛け、食事を運んでくると


「ありがとう……」 病気の妓女は、感謝を伝えて食事を摂っている。



(少し悪化かな……) この妓女は梅毒に掛かり、ももから尻に掛けて変色している。



「これ、薬です」 梅乃は妓女に薬を飲ませ、食器を片付けた。



「梅乃、鳳仙楼に行ってきておくれ。 見舞いだ」 采が梅乃に包みを手渡すと、


「わかりました。 お婆」 梅乃は早速、鳳仙楼に出向いた。




「ごめんください」 梅乃は元気な声で挨拶をする。


鳳仙楼の主人が出てくると、


「おや、三原屋の……」

「はい。 梅乃です。 あの、コレを渡しに来ました」



「おやおや、ご丁寧に……よく出来た禿だね~ お茶でもどうだい?」

鳳仙楼の主人は中に通してくれた。



「なんか変わった造りですね~」 梅乃は、洋風の妓楼に驚いている。


「これは西洋に負けないような妓楼にしたくてね~ 改装したんだよ」

主人はニコニコして説明している。



「それで、鳳仙花魁なんですが……」


「そうだね……心配だよね。 お宅のお医者様には感謝だよ……鳳仙の命を救いたいなんて言ってくれるなんて……」


 主人の言葉に、梅乃は感激していた。

 (いくら花魁と言っても、見世からすれば ただの妓女の一人……代わりは いくらでも居るのに……)



梅乃は生まれてスグに吉原に居る。 この世界の事は頭に入っている。


 「もし、手術が終わって……鳳仙花魁はどうなるのでしょうか?」

 梅乃は今後の鳳仙の心配をしていると



 「そうだね……岩となると、乳房は無くなるだろ? そうなると妓女ではやっていけないだろうし……」


 そこは主人も言葉を濁した。



「そうですよね…… あっ、お茶ごちそうさまでした」 梅乃は頭を下げ、三原屋に戻っていった。




「ただいま戻りました」 梅乃の声は小さく、だれも気づかないほどであった。


「なんだい、戻ってきてたのかい」 采がキセルを吹かせながら玄関にやってくる。



「はい……」 気落ちしている梅乃に

「で、どうだった?」 采が聞くと



「はい。 妓女では難しいそうです…… お婆、岩って、そんなに大変なの?」



「そうだな……放っておけば死ぬし、手術をしても胸は無くなるしな……良い大人の女が、お前くらいの胸じゃかっこ悪いだろ?」



『ムッ……』 梅乃は自分の胸を腕で隠した。



これは采なりの配慮はいりょである。

落ち込んでいる梅乃に、なんとか他に意識を向けさせようとして言っていた。



梅乃は、その日から毎日、九朗助稲荷を訪れていた。

お参りをして、鳳仙の無事を願っていたのである。



「梅乃~」 そこに小夜と古峰がやってきて、

「小夜、古峰……」 梅乃は目を丸くする。



「声を掛けてくれれば良かったのに~」 小夜は、 “ニギニギ “ をしていた。



「身体、もう大丈夫なの?」

「うん♪」 


「古峰も、来たんだね……」 梅乃が古峰を見ると

「……」 プイッと横を向いてしまった。



(コイツ……) 梅乃は、ムッとしたが


「古峰は、誘ってくれないから ふてくされてるのよ~ 怪我して二人が動けない間、古峰が一人で頑張ったんだから~」

小夜が説明をすると、古峰は無言で頷いていた。



(可愛いな……) 梅乃はニコッとして、古峰の頭を撫でた。

「偉いな~ 古峰は~」 



すると、古峰の顔が緩みだす。



「鳳仙花魁、善くなるといいね~」 小夜が言い、三人で稲荷に手を合わせる。



数日後、赤岩が三原屋に戻ってきていた。


「おかえりなさい。 鳳仙花魁はどうですか?」 梅乃が訊ねると、

「まぁ、体調は良くて、これから手術だね」 赤岩は淡々と話す。




そして、翌日の朝

「では、行ってまいります。 しばらく留守になると思います」


赤岩が采に言い、三原屋を後にすると

大門前には、鳳仙楼の主人が立っていた。

「鳳仙をお願いいたします」 主人が頭を下げる。


「かしこまりました。 最善を尽くします」 赤岩は、そう言って大門を出て行った。



三原屋では、梅乃と小夜が仕事に復帰していた。

体調も良くなり、元気いっぱいに手伝いをしている。



「姐さん、髪結いします」 小夜が特に頑張っていた。


「な なんか、小夜ちゃん頑張るね~」 古峰が驚いていると、

「いっぱい休んだから、頑張らないと~」 小夜は楽しそうにしていた。



「お前さんの教育が良かったのかな……」

文衛門が采に話しかけると、


「みんな命あっての事……教育ねぇ……仕事も恋も、命あってのことと分かったのかもしれないね。 今回の火事や、鳳仙の事で命の重みを知ったんじゃないかね~」 采がキセルに火をつける。



「これは寿命を縮めるんじゃないかい?」 文衛門がキセルを指さすと


「これは仕方ないんだよ……ストレスは身体に悪いんだから」

そう言って、文衛門と采は笑い合っていた。



そして、手術の時間が来た。


「それでは始めます」 赤岩が小さい声で言う。

「はい。 よろしくお願いいたしんす……」 鳳仙が薄っすらと笑みを見せる。



「では、麻酔……」 赤岩が鳳仙の口に被せ、麻酔を吸わせる。



「これで…… これで……」 鳳仙の意識が無くなった。


「いきます」 赤岩がメスを鳳仙の乳房の横に立てる。







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