第24話「光の剣と、男たちの本能」
森の奥――午後になったばかりだというのに、木々の枝葉が空を覆い隠し、まるで夕方のような薄暗さが漂っていた。
ひんやりとした湿気の漂う空気の中、私は一歩前へ出ると、
腰に佩いていた赤と金の柄の細剣を抜き放った。
レイピアのような細身の剣――それはかつて、ヴィンセント先生から贈られたものだ。
「……見ていてほしい」
その一言を残して、私はゆっくりと剣を掲げる。
次の瞬間、剣先がまばゆく発光した。
周囲の空気がぴたりと張り詰める。
金色と白の光が剣身に沿って走り、細く伸びる剣が、まるで神具のように輝きを放った。
その場にいた全員が――息をのんだ。
誰もが、その光の意味を知っていたからだ。
(……やはり、反応した)
この帝国では、四騎士団長たちが年に一度、“建国記念式典”で剣にオーラを纏わせて見せる儀式がある。
剣を光らせる――それは“選ばれし力”の証。
帝国最上位の戦士しか持ち得ぬ力、“オーラ”。
私も先月、初めて実物を見た。
そして、確信した。
あのとき見た光――それは、今、自分の手にある光とまったく同じだった。
私はそっと息を吐き、剣をくるりと一度回した。
(……オーラとは、本来“剣に纏わせるもの”)
公爵家の書庫で調べた知識だ。
その理論に従えば、私がやっている“手のひらからの球体”などは、異端でしかない。
けれど、実際に私はそれができる。
手から、足から、任意の部位からオーラを出すことすら可能だった。
(だとしても……それは“今”ではない)
この世界に、理解されない力の話は“異端”として排除されるだけだ。
だから私は――その事実を、胸に秘める。
「なっ……」
沈黙の中、誰かが息を呑んだ。
振り返ると、普段は鉄面皮のようなシオンが、まるで幻でも見たように目を見開いていた。
その表情には、驚きと混乱、そして抑えきれないような興奮が入り混じっていた。
一方、もうひとりの副団長――カサランはというと、
目をぱちくりとさせていたものの、どこか落ち着いた様子だった。
「カサラン……? 驚かないの?」
そう問いかけると、彼は苦笑いを浮かべた。
「あ……はい。いえ、驚いてはいます。ただ……」
目をそらすように少し視線を落とす。
「以前、何度か手合わせした際に、少しだけ……剣が“チカチカ”と光っておられたので。もしかして、とは思ってました」
(……しまった)
そういえば、彼と稽古した時、オーラの制御が甘くて、つい力を漏らしてしまったことがあった。
あの時から、気づかれていたとは――。
「そうか、なら……黙っていてくれてありがとう」
「いえ、とんでもないです」
私がそう返すと、再び沈黙が落ちた。
その中で――シオンが、ゾクリと背筋が寒くなるような笑みを浮かべて、私に一歩近づいてきた。
赤い瞳が細められ、普段とはまるで違う“熱”を帯びている。
「――ロリエンヌ様。手合わせ……お願いします」
その声は、低く、掠れたような――“獣”のような響きを持っていた。
普段の彼なら、絶対に口にしない言葉。
今の彼は、極限状態の中で“本能”を目覚めさせている。
(……そういう目。私は、嫌いじゃない)
私は剣を構え直し、口角をすっと引き上げる。
「フッ……いいだろう。来なさい、シオン」
剣を構えたまま、私は一歩踏み出す。
オーラの光が、再び剣を照らし、柔らかく輝いた。
その瞬間――
周囲の空気が変わった。
風が止み、誰もが声を呑む。
森のざわめきすら、どこか遠くに感じられた。
隊員たちは言葉もなく、固唾を飲んでこちらを見つめている。
それも当然だ。シオンと私の手合わせなど、この約一年間で一度もなかったのだから。
「いいぞ。……本気できて」
そう告げた私の声に、シオンの赤い瞳がかすかに揺れた。
彼は無言のまま頷くと、ゆっくりと剣を構える。
呼吸は深く、体の軸がぶれない。まさに、本物の剣士の構えだった。
(やはり……彼は“強い”)
隊の誰もが私の力を知っている。
そして、誰もがシオンの実力を疑ってはいない。
だが――“どちらが上か”
それだけは、誰にも分からないままだった。
それが今、明かされる。
「……はっ!」
合図もなく、私たちは動いた。
次の瞬間――
「キィィンッ!!」
鋼と鋼がぶつかる、甲高い音が森に響いた。
初手、互いの剣が真正面からぶつかり合った。
(――重い!!)
思わず足元が沈むほどの衝撃。
ヴィンセントと剣を交えたときは、素の状態だった。
けれど今は違う。剣には、しっかりとオーラが纏われている。
(なるほど……これが“オーラをまとった剣”か――)
そのパワーに、全身が震える。
だが、それは恐怖ではなかった。
ゾクリとした戦慄と、胸を突き上げるような高揚感。
(これだ……これこそが)
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
私は“この瞬間”を求めていたのかもしれない。
全力でぶつかり合い、研ぎ澄まされた意識の中で剣を振るう、この感覚を――
だが、私が教えてきたのは、“剣だけに頼らない戦い方”だ。
それを証明するように、シオンが動いた。
「ふっ!!」
低く踏み込んだかと思えば、足元の土を思い切り蹴り上げる。
目潰しだ。土埃が一気に視界を覆い、目の奥にまで入り込もうとする。
(――やるわね)
私はすぐさま一歩下がって距離を取り、視界を風で払うように剣先を払う。
その間にも、シオンは構わず踏み込んでくる。
目を狙い、喉を狙い、肩口へ、腹部へ――
まるで野獣のように獲物を追い詰めるような剣筋。
(……これが、本性か)
普段は冷静で無駄な発言をせず、任務にも忠実。
そんな彼の内に、こんな獰猛な戦意が秘められていたとは――
彼の表情は、いつもと違っていた。
頬に汗をにじませながら、唇をわずかに吊り上げ、
赤い瞳にはぞくりとするほどの輝きが宿っている。
それは、人間ではなく――獣。
本能に従って“ただ戦いたい”という、渇望の塊だった。
金属がまたぶつかり合う。
「キィィィンッ……ッ!!」
剣先と剣先が火花を散らし、私とシオンの間に緊張の刃が張り詰める。
この一戦は――ただの訓練ではない。
魂と魂のぶつかり合い。
誰が一番強いかを示すためでもなければ、
誰が上官かを決めるためでもない。
――ただ、“生き残る力”を確かめ合う戦いだ。
私は深く息を吸い、剣を構え直した。
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